mono   image
 Back

 多分、それらにあまり大差は無いのだ。

世界が口を開けた

 多分、それらにあまり大差は無いのだ。
 荒廃した、と言うより食べかすが散乱した、と言った方がしっくり来る世界が、いつからこうなっていたのか。少なくとも十年と少しを生きただけの若造には分かる筈も無い。
 ターミナルを操作すれば出てくる夢のように穏やかな世界が本当にこの世界の過去なら、それはきっと玩具の国のようだったのだろうと思う。
 そういう世界なら、この束になった麺の如く身体中から伸びる鬱陶しいチューブだのケーブルだのといった物と無縁に過ごせるのだろうか。――――ぽつりと脳裏で呟いた言葉を、しかし、彼は直に打ち消した。
 馬鹿馬鹿しい話だ。今だろうと、昔だろうと、食物連鎖の順位が変わっただけで、生きているものはそう変わらないのだから、今の世界も、昔の世界も、あまり大差は無い。強いて言うならば、少しばかり玩具の国が個性的になっただけの話である。無論、それを本当に「少しばかり」という単純な括りで語れるのかは個人の価値観によるものであるのは否めないが。
そう。だから、多分、それらにあまり大差は無いのだ。
「目が覚めたかい?折角適合したのに、長く眠っているから心配したよ。具体的には50152秒昏睡状態にあった」
 14時間弱。自分にしては短い方だろう。事実、心配したと言いながら、規則的な音を奏でる機材を操る男の動作はやけに緩やかだった。
「記憶はあるかい?」
「…適合後に、暗転した事くらいです」
「それだけ覚えていれば十分だ」
 満足したように頷く男の、糸の如く細い目が殊更、細くなる。
 最新の記憶は手にした神機の重さと、回る世界。最後に画面が揺れたのは多分、床に頭をぶつけたか何かしたのだろうが、後頭部の痛みが無いのを考えれば、そう大した衝撃でもなかったのかもしれない。
 ちらりと見渡した部屋の中、その片隅にひっそりと置かれたそれを認識した白藍の双眸が静かに瞬く。
 持ち主に似てしまったのか、期待の新型だと言われたその神機はただ只管に静かにそこにあった。もとより派手なものを好むとは言い難い自分の性格ではそれは歓迎すべき事なのだろうが、支部の目玉としての役割を考えれば、彼――神機に性別があるのかは不明だが――の佇まいはあまりにも華が無い。
 改造は、派手にするべきだろうか。考えて、やはり、否、と目を閉じる。そもそも自分に目玉であろうという気概が塵ほども無いのだから、派手の基準が分からない。嫌でも目を惹かざるを得ない立場になるのなら、少しでも注目される種になるものは少ない方がいいだろう。
「ここを出たらエントランスへ行くように。ツバキ教官殿がお待ちだ」
 行き方はわかるね?続いた質問の内容があまりに失礼だと思いながら、身を起こす。
 ぐらり。揺れたのは一瞬。
「…サカキ博士は?」
「私はここでメディカルチェックの準備。君もツバキの話が終わったらすぐにここへ舞い戻ってくる事になる」
 チューブの針を抜く声音が弾んでいるのは新型のメディカルチェックが出来るからだろう。いつも診ている癖に、今更何が面白いのか。
「……今、済ませる事は出来ませんか?」
「無理だね」
 大人の都合、ってものさ。言われれば、いい加減、分別のつかない歳を過ぎた者には何も言えない。――――仕方ない。
 ずるり。最後の針が抜けた刹那、微弱な電流が背筋を駆けるような感覚に身体が震える。こくりと小さく鳴る喉。耐え切れず、小さな舌を覗かせて開いた唇から淡い吐息が漏れた。
 そっと、頬に触れた手の熱が滲む。
「さあ、時間だ。いってらっしゃい、センカ」
 恐らく、銀の髪を梳くこの手も、これから相手にするアラガミ達の温度とそう変わらないのだろうと、ふと思った。



本編前。適合試験直後の新型さん、適合後にぶっ倒れて運ばれた、の巻。この後にエントランスでコウタと会ったりします。端折りますが(酷)
サカキ博士相手には少しばかり自己主張があるとイイんじゃないかと。でも新薬の実験等は何の躊躇いも無くOKしてればイイ。ちょっとした信頼関係。親子属性希望。

2010/09/09