こうって、どんなだ。
お前も餌食
ソーマにとってそれは日常茶飯事と言って差し支えない。死神だとか、近寄りたくないだとか、そんな事を陰ではおろか表でも言われる事はソーマにとって何らおかしい事ではないのだ。もう長い事、毎日のようにそんな言葉を聞いている所為か、陰口に対する神経が少しばかり麻痺しているのかもしれない。
それが異常であれ、そうでないのであれ、どちらにしろ、振り被った刃の沈む先がアラガミの臓腑であるのには変わりないのだから、そう、多分、自分が相手に近寄らなければ、或いは、相手が自分に近寄らなければ、それだけで良いのだ、とソーマは思うのだ。リンドウやサクヤはそれを優しさだと言うが、ソーマ自身はそれを理解しかねる所があった。
こうしてエントランスのカウンターで報酬を手渡されながら悲痛な嘆きと陰口を背中で聞く今も、全く理解出来ていない。
その、「理解出来ない事」が今日、一つ増えた。――――烏羽 センカだ。他の奴とは明らかに違う雰囲気。言動。その他、諸々。いや、諸々と表現を纏められる程、自分と彼は会話をしていないが、リンドウ達の話を思い出す限り、センカという少年は大分、他とは毛色の違う人間らしかった。
続く重い囁きを背にエレベーターのボタンを押そうとした彼の、深く被ったフードの下から覗く青い瞳が視界の端に件の銀色を捉える。ちらつく、雪の色。やはり、細い。両腕で抱える神機がやけに大きく見える。ターミナルを覗き込みながら時折、画面をつつく指先は白魚の鼻先のようだ。
軽く息を吐き、改めてボタンを押そうとしたソーマの前で申し合わせたように開いた扉から、突然、茶色の何かが飛び出した。
「っ、うわっ、悪い!」
咄嗟に身体を捻ったのが功を奏し、衝突だけは免れたが、危なかった事に変わりは無い。顔を顰めて睨んでやれど、槍の如き視線を浴びる少年は謝りながら意識をエントランス中に向けて誰かを探っているようだった。
微かにもれた舌打ちに気付き、再度、悪い、と言った少年の目がソーマの肩を越えてターミナルに向いた途端、彼の意識は今度こそソーマから離れる。弾丸の如く飛び出して、彼は銀色が佇むターミナルの手すりに齧り付いた。
「センカっ!大丈夫か?何か大変だったって聞いたけど…リンドウさんも心配してたぜ?」
「あ…はい。問題ありません」
あえて具体的な話を出さないのは大衆への気遣いゆえだろう。反応の薄いセンカの方は、恐らく、それがいつもの態度なのだろうが。
手すりを挟んでぺらぺら喋り出す少年と、ぼんやりと頷き返す銀色。異色の組み合わせのように見えて、違和感が無い辺り、比較的共にいる頻度が高いのかもしれない。…意外だと、思う。彼にそういう人間がいるとは思わなかった。
僅かに目を見開いてそれを見つめていたソーマは、不意にこちらを向いた白藍から逃げるようにエレベーターの扉に身を滑り込ませた。――――あの目は、調子が狂う。出来れば、もう組みたくない相手だが、同じ第一部隊である以上、そう上手くはいかないだろう。
ベテラン区画の自室前で待ち伏せていたらしいリンドウに捕まり――とてもイイ笑顔なのが非常にむかつく――、渋々ながら形ばかりの報告をすれば、彼は意外にも眉を顰め、そうか、とだけ呟いた。
「…精神的には、問題なさそうなんだな?」
やけに深刻そうだ。初めて仲間の死を目の当たりにする新入りを心配するのは当然の事だが、寄せられた彼の眉は違うものからのような気がしてならない。
視線で答えを要求するリンドウに、ソーマは頷いた。
「問題無いどころか…」
言いかけて、言葉に詰まる。
問題無いのは確かだ。しかし、それ以上の何かを伝えようとするのには、相応しい言葉が見つからない。呆然としていた?違う。何事も無かったかのようにアラガミを屠って見せた。では、記憶を閉じている?否。覚えているだろう。エリックの神機を回収する時、彼は確かに仲間が食い殺された場所に視線を落とした。それなら、悲しみを我慢している?それも違う。あの白藍の双眸には欠片も揺れる気配が無かった。
語彙の不足では済まされない不可解な表現。どれも否定される言葉は追い求める程、伝えたい真実から遠ざかる。
「ああ、別に無理しなくていいぞ、ソーマ。俺も何となくわかる」
助け舟を出す男の顔も優れない。
「あいつの鉄面皮は読めないからなぁ…この後、報告がてらちょっと話してみるつもりなんだが…収穫は期待出来んかもしれんな」
「…勝手にしろ」
どんな手を使おうと、あの双眸の中に入り込む事は不可能だろう。あえて、挑戦するのはこの男がおせっかいだからなのか、それとも彼に何かがあるのか。自分には関係の無い事だが、だからと言って興味が皆無かといえば、否とは言い切れないのも確かだった。
不思議の一言では括りきれない彼の資料くらいは、見ておいて損はないかもしれない。戦いには不向きに見える細い身体を思い出すと同時に、もう一つ思い出す。
さぁて、どうするかな、と独り言を口内で転がしながら背を向けたリンドウを低い声が引き止めた。
「……おい、リンドウ」
「ん?」
「こう、ってのは、どんなだと思う?」
壁に神機を立てかけて、ソーマの褐色の手が虚空に大きく円を描く。――――それはまさしく、今日の任務で銀色がゆったりと空気をかき混ぜた、あの動き。
一連の動作を眺めた男の口が、半分程、開く。なんとも間抜けな光景。
「は?」
案の定、飲み込めていないらしい。少し笑いそうだ。明日、雨が降ったなら、原因は間抜けな面を晒すコイツの所為だろう。
「だから、こう、ってのは、どんなだ?」
もう一度繰り返した動作を暫く眺めた後、リンドウは必死に歪みそうになる顔を堪えるソーマの前で溜め息をついて見せた。
「一つ聞くんだが…そりゃ、誰が言ったんだ?」
そんなの決まってる。
「あの新型だ」
間髪入れずに男は言った。――――ソーマ、お前もか。
癖なのか、否か。どうにもセンカは抽象的な言動が多いと思う。いや、彼の中ではきちんと脈絡のある話になっているのだろうが、部分部分しか言葉に出さない所為で、聞いているこちらは全く意味がわからない。サクヤとは理解出来る話が出来たようだから、そういう話し方が出来ない訳ではないのだろう。ならば、こちらの聞き方が悪いのか。
二人目の被害者――恐らく、この後、ソーマはセンカの発言について悩むだろうから、そういう意味では被害者だ――の話を聞くリンドウが再び、センカとの対話方法について悩み始めた刹那、静けさばかりのベテラン区画に少年の声が響いた。
「リンドウさん!大変大変!でも、センカは絶対、悪くないよ!悪くないから!!」
「…コウタ?」
開け切らないエレベーターの扉から飛び出してきたコウタが手を大きく振りながら、焦りを露にする。些か、青褪めた顔は少々騒がしいながら比較的穏やかな明るいムードメーカーには相応しくない。
彼がここまで大仰に弁明をする事とは何だろうか。丁度、噂をしていた新型神機使いの名前が出ていたようだが、何にしろ、言葉の通り、飛んできた風情のコウタに話を聞かなければリンドウにはどうする事も出来なかった。
傍らで突然の事態にフードの下の目を丸くさせたソーマと顔を見合わせる。
「あー…待て待て。落ち着け、コウ…」
「センカはほんっとーに悪くないんです!悪いのはあいつ等で、センカが殴り飛ばされる理由なんて一つもないんですよ!」
ぴたり。遮られた言葉は続かない。今、何だかとてつもない言葉を聞いた気がする。
改めて向けた視線の先では一通り、弁明を終えたらしいコウタが肩で息をしながら不安げにこちらを見ていた。
「センカが、どうしたって?」
同じ事を二度言わせるのは憚られるが、こればかりははっきりさせておかなくてはならない。ちらりと隣を見れば、自分と同じように表情を険しくしたソーマの顔。
「……え、と…センカが、殴られて…今、医務室に…」
細く、不安に揺れる声が言う。
殴られた。殴られた?更に顔を青褪めさせて語るコウタには悪いが、想像がつかない。ソーマも同じだったのだろう。こういった話題には無関心で、早々に自室に籠もってしまう彼が、珍しく腕を組む姿勢で傍聴している。
センカについて血生臭い想像をするのは難しいと、少なくともリンドウは思っていた。殊、喧嘩だとかいうものについては血気盛んな者が多いゴッドイーターの中にあっても欠片も想像出来ない。それは、その印象に残る戦い方云々よりも彼自身の纏う雰囲気ゆえだろう。雲か霧のような気配。或いは、水のような。彼が拳を振り上げて殴り合うなど、アラガミが友好的に接してくる事よりも思い描く事が難しいと思う。
それが、殴り飛ばされた。コウタが――彼はセンカと比較的親しいらしい――血相変えて自分の下に飛び込んでくるのだから真実だろう。
ぽしゅり。一つ取り出した煙草に火をつけて、男は意識を切り替えた。
兎も角、何があったかを聞かなければ始まらない。
被害者二人で立ち話。この二人の会話は軽そうで重い、というイメージがあります。二人とも腹と胸に何か抱えてる、みたいな。
意味の分からない新型さんにソーマ氏も少し興味があるのである程度、気心知れたリンドウを巻き込んで「もっとこうだった」を考え中です。勿論、答えには辿り着かない(ぇ)
で。新型さんは何かに巻き込まれ中。
2010/10/21 |