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「ねえねえ、ヒバリさん!センカ知らない!?何処にもいないみたいなんだけど!」
 今日ってあいつの復帰日だったよね?帰還早々、カウンターに噛り付いて来たコウタに視線を泳がせたヒバリは、あー、だの、うー、だの、意味を成さない言葉を捻り出し、遠巻きにしながら興味津々の風情で視線を投げてくる第一部隊や第二部隊を眺めてから、最後に蚊の鳴くような声でこう鳴いた。
「…えー、っと…に、任務に…出られましたよ?…カレルさんと、シュンさんと、三人で…」
 ぴしり。固まったのはカウンターに額をぶつける勢いで頭を下げて、止められなかった謝罪を述べたヒバリを除いた全員。
 有り得ない。そんな馬鹿な。音にならない言葉を伝えてくる凍り付いたエントランスの空気を、数秒の沈黙の後、たっぷり時間をかけて驚愕を蓄えた茶色の瞳を見開いた少年が見事な絶叫で叩き割った。
「え、えぇぇぇええええ!?」

曲げた臍を逆に曲げた少年達曰く、

 これは想像以上だ。カレルとシュンは難なく終えた任務を振り返り、同じ言葉を辿る。――――厳密には、「彼が」難なく終えた任務といっても過言ではないかもしれない。自分達が出来た事といえば相手の脚を数度斬りつけるか、数発頭に撃ち込めた程度。掠り傷を負わせる間に、相手に逃げる暇も与えず、的確に核を抉り出したのは全て、センカの所業だ。通常であれば倒した後に抉り出すそれを、生きたまま肉体から引き剥がしにかかった彼の意外な豪胆さには二人が二人とも目を剥いたものである。まさか、大人しい顔をした銀の白雪姫が突然、獣の頭に喰いかかって行くとは微塵も思わない。
 市街地を渡る風の埃っぽさに多少、辟易しながら、彼等は回収地点でぼんやりと夕暮れに沈む街並みを眺める銀色を視界に入れた。
 想像以上だ。もう一度、思う。浅学が滲む話だが、それ以外に思える事が無い。
 始めに目を剥いたのは、彼の有り得ない細さだ。事前に立てた計画通りエントリーに割り込み、センカを連れ出すまでに至ったのは良い。抵抗されなかったのは、良い印象を持たれてはいないだろうと自覚している分、多少、予想外だったにしろ、都合が良かった。しかし、能天気なのか、何なのか。事の成り行きを見守ったまま動こうとしない彼を引き摺ろうと腕を掴んだカレルは瞬間、目を見張った。力を込めて鷲掴んだそれは思うより遥かに細く、白く、密かに心臓が跳ねた程。抱え上げた身体も激務続きの神機使いにしては華奢で、ぽっきり折れるんじゃないかと思った、とシュンがヘリの爆音に飲ませた呟きには、カレルも小さく頷いたものだ。
 これだけでも驚愕に値するというに、更に彼等を驚かせたのは彼の任務地での振舞いである。
 一言で表すならば、自然体。両腕で大事そうに神機を抱え、今にも吹かれて飛んで行きそうなふわふわとした足取りで荒野を進んでいく。だが、話に聞く通りの仕草に呆れるより感嘆したのも、彼の進む先にクアドリガの姿が見えるその瞬間まで。こちらに気付いた戦車が上げた雄叫びに、瞬時に空気を張り詰めさせ、神機を構えようとした刹那、ふわり、頬を撫でて風に散ったのは、眩しい燐光。突如、視界から消えた銀色に呆然とした彼等が風を視線で追いかけ、次に白雪の姿を捉えた場所は――――クアドリガの頭部だった。風渡る空へ舞い上がり、振り被った捕喰形態の神機を廃熱器官の上に着地すると同時に巨体にしては小さな頭に食いつかせ、千切り、返す、戻した刀身で足元の器官を破壊する。振り払おうと走る戦車の上に再び飛び上がる流麗な銀の曲線を追えば、中空で変換した銃口をミサイルポッドに向けて、噴かせる二度の低温閃光。一体、どんなモジュールを組んでいるのか、たった二度の砲撃で粉々に砕け散った鋼鉄の器官に口を開けている暇も無く、痛みに更なる声を上げる獣の懐へ軽やかに降り立った銀色が煌かせる神機が、おぞましく伸びる触手と共に赤黒い口腔を晒す漆黒の獣へと変じ、硬い筈の前面装甲を突き破って内部の核を引きずり出した。
 無駄の無い、的確な狙い。逃げる間も、倒れる間も与えぬ剣戟。戦車が漸く、大地に伏したのは、露も着かぬ白刃を再び抱き締めた彼がただ突っ立ったままの自分達のもとへ舞い戻ってからだ。ずしん。大地を揺るがせ、響く音すら遅い。――――これが、烏羽センカ。風を纏い、空を駆け、鮮血でいくつもの螺旋を描く銀の白雪。
 続く、シユウ堕天については最早、説明するまでも無いだろう。クアドリガ程、手を出させなかった訳では無いにしろ、自分達の必要性を疑う内容だったのは言うまでも無い。
 これはリンドウを始めとしたベテラン神機使いが絶賛する訳である。が、それと、自分達が彼を気に入るかどうかは全くの別問題だ。
「おい」
 風を裂いた声が、自分にかかったものだと理解したのだろう。暁に彩られた廃墟を捉えていた白藍が、カレルの金色を捉える。不機嫌な色を隠さない顔にかかる金糸は橙を混ぜて、赤味を増しているように見えた。腕を組んで瓦礫に凭れる彼の隣に、立て膝で座り込んだシュンが同じような顔で視線を向けている。
 からり。転がる、風に遊ばれた小石。
「お前、何で俺達が来るのに抵抗しなかった?」
 低い、尋問めいた口調にゆっくりと瞬いた白藍が小首を傾げてみせる。
「?…意図を測りかねます」
「俺達がお前を良く思ってねえのは知ってるだろうが。エントランスでシュンにぶっ飛ばされたのを忘れた訳じゃないだろ?」
 耄碌した訳でもあるまいし。眉尻を跳ね上げて言えば、一つ呼吸をした彼は少し困ったように抱き締めた神機を抱え直して記憶を辿り始めた。今更、思い出すものでも無いだろうに、彼にしてみれば忘れてしまうくらい瑣末な事だったのだろうか。…それはそれで癪だ。
 そもそも、気に入る気に入らない以前に、自分達は既に気に入らない方面から彼を見ている。ヒバリでさえ今回の任務に出る自分達を渋面で見送ったというのに、周知の事実であるそれを当のセンカが知らない訳が無い。誰もが任務で出払っている間を見計らって連れ出したが、もしも、あの場にコウタかアリサでもいたなら、牙を剥いて妨害しただろう。
 寛大なのか、それとも、ただの考え無しなだけなのか。茫洋とした瞳で見返してくる彼に答えを待つ姿勢を貫くカレルは、ぶっ飛ばされた、のくだりで不満気な視線を向けてきたシュンに無視を決め込んだ。
 ふわ、と風に撫でられた銀糸が夕空に星を散らす。柔らかな雰囲気とは不似合いな刃を抱き締めている様は初めてその姿を見た日から変わらない。戦えるとは、夢にも思わない、儚い立ち姿。時折、瞬く白藍に夕焼けの色を反射して唇を半分ほど開いた彼は存外、真剣に言葉を選んでくれているようだった。――――カノンの言葉を思い出す。ちゃんとお話出来ますよ、と。成る程、確かに、向き合えば、まともに会話は可能らしい。
 沈黙を浚った風が過ぎた後、薄紅を乗せた花弁はゆるりと開いた。
「少なくとも敵意は感じなかったので」
「はぁ?何だよ、それ!」
 憤慨したような声を上げたのはシュンだ。或いは、呆れていたのかもしれない彼の手が小石を一つ、握り締める。
「あの時の事忘れたのか?俺等が腹癒せに背中を狙うとか考えなかったのかよ?」
 無論、そんな事をする程、シュンも暇ではないが、返る答えとして可能性が無いものではなかった。何せ、シュンは一度、センカの白皙に痣を残している。最早、センカといえばあの情景を思う程に、拳が触れる瞬間の熱も、擦れた肌の感触も思い出せるあの日の出来事は、今でも鮮明に記憶に焼きついていて、実を言えば、癒えている筈の彼の頬を見るのも気まずい。
 しかし、当のセンカはどうにも真意を捉え切れていないのか、返る答えはことりと傾げた首がふんわり燐光を散らすに留まった。
「それが、何か問題なのですか?」
 寛大も此処までくると鈍感の域である。嫌味なのか、そうでないのか、答えは確実に後者だ。ぼんやりとした双眸は全く棘を含まず、凪いでいるばかり。自分の強さを驕っている訳でもなく、純粋に、過去を問題にしていない瞳の色は、こちらが気負い過ぎていたのが馬鹿馬鹿しいと思わず天を仰ぐ程。
 はぁ。これ以上は話しても堂々巡りだ。大地に落ちた、大きく、重い溜め息は、思ったよりも自分が彼に対して気負っていた事に気付いた二人から零れた。
「……わかった。お前が過去のあれこれをまるっと忘れるお目出度い性質なのは理解した。話を変えるぞ」
「…?はい」
 疲れたように瓦礫に頭を預けるカレルとシュンをまるで状況を理解していない白藍が順に眺める。――――嗚呼、その目は本当に、全く、一欠片も、過去の因縁染みた関係をさっぱり気にしていないのだろう。寧ろ、因縁とすら思っていないに違いない。ああそういえばそんな事があったな。その程度の認識だ。そんなものは彼の中では空気中の窒素に近いものなのかもしれない。若しくは、それを瑣末な事と思えるくらいには、今、彼の上に圧し掛かっているものが大き過ぎるのか。
 緩んだ腕を組み直したカレルの目が再び、鋭く細まり、白藍を捉える。
 盗み見る時計の針は迎えが来るまでもう少し。
「浮き足立つような性格じゃねぇのは今日の任務でわかったが…どれ程強いにしろ、お前が隊長になれたのはたまたま空きが出来たからだ」
 確認するまでも無い。事実、新人である筈の彼が第一部隊隊長に就任出来たのはリンドウがKIA認定されたからだ。あの男がアナグラに留まっていたなら、センカが隊長に就任する事は有り得なかった。今回の人事も、順当で行けばサクヤかソーマが就任する筈。そこで何故、新人であるセンカの名が挙がるのか、不審以外の何ものでもない。
 砂を纏い、はためいた銀色の睫毛が震える。浮かれる訳でもない。卑屈になる訳でもない。事実と心情の間で揺れる、雲を溶かした空の色。嘘の無い澄んだ泉に、カレルは切っ先を向けた。
「わかってるな?俺達もお前を上官だとは思わないし、思うつもりも無ぇ」
 悪態吐いて敬遠していたとはいえ、認めてもいた歴戦のリンドウと、ふらりと現れた新人の新型神機使い。どちらをあえて隊長として認めるかと問われれば、答えは明白だ。
 追い討ちをかけるような物言いは言葉の刃以外の何物でもない。だが、真実、無条件に彼を上官と認められる程自分達は素直ではなく、慰めを口に出来る程優しくも無い。叩いて、貶して、殴り飛ばして。そういう事でしか、人を見定められない自分達を他人は子供だというけれど、それを経て認めたものだけが、自分達の信じるものだ。
 偶には、甘やかす以外の人間に深く傷つけられてみれば良い。自棄糞気味に思いながら、受け止めた自分達を見るセンカの瞳は――――予想に反して、酷く、穏やかだった。
 零れる吐息が橙に溶ける。
「……そう、言って下さる方がいれば…僕はただ神機を振るうもののままでいられそうです…」
 何が、そんなにも安心出来るのか。声音に滲む安堵。淡く笑んだ白い頬の輪郭が、溶け切った太陽の名残を受けて翳っている。風に靡いた銀糸が夕闇に光を散らしていく様は、先程まで夜叉か羅刹の如く獣を屠っていた者とは思えぬ程、頼りなく。あまりに切なく細められた白藍から真珠が零れるのではないかと錯覚した二人は刹那、目を見開き、舞い降りた沈黙の中で、耳が微かに捉えたヘリの羽音に平常を求めて空を仰いだ。
 時計は帰投時間を少し過ぎた所。幻想と思考を断ち切るには良い頃合だ。長くは無い時間だったが、それでも、自分達が聞きたいものだけは聞けたから損は無い。判断材料には十分だろう。
 乱れる髪を押さえるカレルの片手が立てかけていた神機を拾い上げ、続いて、手中の小石を放って立ち上がったシュンが刀身を担ぐ鍔鳴りが響く。
「ま、割の良い仕事があれば声かけろよ。とりあえず、嫌ってる訳じゃねえ事にしたからよ」
「抜け駆けしたらただじゃおかねぇけどな!」
 烏羽センカは敵ではない。ただぼんやりしていて、有り得ないくらい鈍感で、有り得ないくらい腕の立つ、嫌いではない部類の人間。それだけの話。少々、癖がありそうだが、つるむには飽きない人種かもしれない。害が無ければ不確かな言葉の意味にも目を瞑っていてやっても良い。そう思うくらいには好ましい奴だ。
 少なくとも今は、その認識だけで十分だろう。これ以上は必要無い。
「おら、さっさと帰るぞ、センカ」
「ぼさっとしてんなよ」
 髪を嬲り乱す風に声を呑ませながら、言葉の意味を知る事を放棄した彼等は共にヘリを見上げた銀色が小さく、はい、と答える声だけを聞いて笑った。



守銭奴二人が新型と仲直りの巻……ですが、気にしているのは守銭奴達だけという現実。ぷぷっ(コラ)
彼等はアナグラの人種を増やす為にも欠かせない人達だと思います。第一部隊が新型を甘やかす人種で、お兄さんズがフォローの人種、その他が見守る人種なら、彼等はその対極にいる人種であると思う訳で…強いて当て嵌めるなら虐め叩く悪友の人種というか…ほら、いうなればジャ○アンみたいな立場の人達だと認識しているのですよ(えええ)
話的にもフォローする人だけがいるよりも多少、パンチを浴びせてくれる人がいる方がスパイスになっていいですし、そういう意味でもとても重宝します。
彼等自身はそう悪い人ではないですし、立場が違えばそれが正論、と見せてくれる人達でもあると思うので、これからに期待です。

…………期待……出来るように書きますが(笑)


2012/07/22