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 悔しさも、虚しさも、事実が叩き潰す。

偽善の衣

 コウタの中でカレルとシュンという存在は最早、天敵に近い。実戦配備された当初からの因縁がそうさせるのもあるが、その最たる理由として挙げられるのが、彼等と全く合わないそりだった。性格の不一致。価値観の違い。それらだけでは済まされない軋んだ関係は配属から大分経った今でも続いている。自分よりも長い戦歴があるとはいえ、他者を馬鹿にするような連中はコウタの性分からは許し難かったのだ。勿論、それを共に出撃する任務に影響させた事は無いし、多少、高い経験値は評価するが、しかし、それと個人的な感情は決して混同出来るものではない。
 己の心中で第一部隊や他の防衛班とは正反対の位置に配置している人物。それがカレルとシュンだ。友好より敵対心。会えば鼻で溜め息、しかめっ面。
 その彼等が、なんと復帰したばかりのセンカと任務出るという暴挙――コウタにとっては暴挙だ――に出た。ヒバリからそれを知らされた時の衝撃といったら、計り知れない。サクヤとアリサなど青褪めて、ヒバリやカノンと共におろおろしていたくらいだ。
 彼等とセンカの間であった出来事は今や知らぬ者はいない大事件である。目の当たりにしたタツミやヒバリ達は言うまでも無く、その場にいなかった者にまであの下世話な事件が知れているというのは些か気に喰わないものの、それを根拠にしての三人の不仲は最早、周知の事実だ。
 実際、カレルとシュンはセンカの姿を見る度に顔を顰め、目を逸らし、挨拶の一つもしない。対するセンカも来る者は拒まず、去る者は追わずを地で行く性格からそれに応える事も無い。共同で任務に当たる事などある筈も無く、廊下で擦れ違う時でも、ただ擦れ違うだけ。互いを空気のように扱う様はいっそ清々しい。
 だが、比較的、センカと交流を持つコウタは思うのだ。――――果たして、彼は本当にカレルとシュンを嫌っているのか。答えは、完全な否だ。
 センカの性格は複雑でありながら、根底は至って単純に出来ている。以前、考察した通り、益か不利益か。それだけだ。彼の世界は全てにおいて、とても大きく、明確な線引きを全てに強要していて、益か不利益か、の言葉の前には「世界にとって」という壮大なスケールの語が付される。つまり、それは彼個人の意見ではないのだ。状況を鑑みて必要か否か。将来起こり得る事象において、益か不利益か。己を省いた全ての可能性と利益率を量りにかけ、それ相応の態度を取る。導き出したものをセンカ自身が気に入るか気に入らないかは問題ではない。利益と最善の為に己を殺す事を知っていて、極当たり前にそれをやってのける。
 その彼が、世界を守る神機使いを不利益に分類している筈が無かった。
 とはいえ、相手は一度、白雪に傷跡を残した無粋な輩。心配しない訳が無い。時計の一秒すら長い間を待つ事、数十分。落ち着かない胸の内を抱えたまま部屋に戻るに戻れない面々はエントランスの出撃ゲートが開いた瞬間、舞い込んだ風に乗って蛍光灯下に現れた銀の燐光に向かって一斉に振り向いた。
「センカっ!!おかえり!大丈夫だった!?」
 いつものふんわりとした静かな足取りで金色と赤銅の後につき、鋼鉄を踏むセンカに飛び付いたのは言わずもがな、コウタだ。その後ろで飛びつき損ねたサクヤとアリサが両手を蠢かせながら構えている様まで見えて、場に漂う只ならぬ空気に気付いた銀色は抱いた神機の柄に頬を寄せるように首を傾げた。視線を巡らせれば、エントランスのあちらこちらから顔を出す知った面子が奇妙な形相で帰還したばかりの自分達を眺めている。
「…?何か、あったのですか?」
 ヘリポートから此処まで、目立った騒ぎは聞かなかった筈だ。アラガミの襲撃があったのならば、これ程落ち着いているのもおかしい。
 静かな泉を瞬かせて、傍らのカレルとシュンを見上げてみるも、返るのは傾げた首と憮然とした表情。視線を戻せば気まずげに口をもごつかせるコウタが目を泳がせた。
「え…いや…あったっちゃ、あったけど…その…」
 口篭りながら茶色の瞳が行き来するのは傍らの二人と白雪の間。行って、来て、また行って。あー、うー、そのー、唸る事数拍。
「……何にも、されなかった?」
「?言っている意図を図りかねます」
 全く訳がわからない。こうして帰ってきているのだから大事無かったのは明白であろうに。ふわりとまた傾げた小首で燐光を散らし、一呼吸置く事も無く切り返したセンカに対して、彼の傍らに佇む二人からは呆れと納得の吐息が零れる音が聞こえる。直後、彼等の米神に込み上がった不快感が青筋となって姿を現すのを一同は見た。
 センカが言う事だ。何も無かったというのは真実だろう。しかし、センカの言う何も無かった、と、一般で言う何も無かったは基準が相当に違う。鈍感過ぎる一面のあるセンカにしてみれば、悪意のある無しに関わらず、ほとんどの事象が瑣末な事である。例えそれが、一般的に許し難い暴挙、蛮行であったとしても、だ。寛大も此処までくれば国宝級。彼が唯一、瑣末でない事だと認識するものは雨宮リンドウの求愛くらいだろう。カレルとシュンに貶され、挙句、殴り飛ばされた事など、最早、記憶の彼方なのかもしれない。
 一つの事象に固執せず。それは彼の美点だが、果たして、穢れ無い白雪を悪意の傍に置いておいて良いものか。
 先走った心配で尚も言葉を形に出来ないコウタの前で徐に緑のパーカーの裾が揺れ、鍔鳴りが響く。
「どいつもこいつも、しっつれーな奴だな!行こうぜ、センカ!晩飯付き合えよ」
 言いながら、白雪の細い肩に腕を回して引き寄せる動作は相変わらず乱暴で、だからこそ、壊れそうな華奢な身体を無理に引き止められなかったのかもしれない。
 舞った燐光が光に溶け行く様が酷く緩やかに視界に映り、青筋を浮かべたシュンに引っ張られた銀色があっけなくコウタの手から離れていく。
 細い肩を捉えたまま足音から憤怒を語り、エレベーターへ歩を進める少年に突然、後続を強要されたセンカは奇妙な小走りで転倒しないよう着いていくばかりだ。
「あ、あの…どういう…」
「こいつら、俺等がお前と仲良しこよししてんのが気に食わないんだろ?くっだらねえ」
 吐き捨て、後に続くカレルが説明してやれば、まだ意味を捉え切れていないのか、白藍は僅かに丸みを増しただけで瞬いた。シュンの荒い鼻息が聞こえる。
 任務に出てまで相手を貶める行いをすると思われるとは、何とも失礼にも程がある話であろう。命を駆けた現場で態々、悪ふざけをする程己が命を軽んじてはいないし、相手の打破を狙うのであれば実力でと密かに決めている。そこまで姑息な真似を企てるような暇人でも無い。此処まで失礼な態度を取られるとは実に心外である。
 中でも真っ先にセンカに飛び付いて無事を確認したコウタは殊更、気に入らない。自分だけがセンカの友人だとでも思っているのか、事ある毎に睨み付けて来る彼はカレルとシュンが今の今までセンカに近付けなかった原因の一つでもあった。見かければ銀色を隠すように立ちはだかり、揶揄すれば、自分の事でも無い癖に食って掛かってくる。センカ自身が反論してくればこうまで接触が先延ばしになる事も無かっただろうに、今も目障りな事この上ない。
 漸く昇ってきた動きの鈍いエレベーターが口を開けると同時、銀色を連れて踏み出したシュンの早い動作に口を開けた茶が声高に叫ぶ。
「あっ、おい!ふざけんな!待てよ!!」
 嗚呼、糞。乗り込む背中の後ろでざわざわさざめく奴等が鬱陶しくて堪らない。
 苛立ちに任せて荒々しく乗り込んだ箱が揺れるのも構わず、拳を叩き付けた閉扉ボタンが沈む。外を睨む瞳は二対。黄玉と赤銅。ぐるりと見渡し、最後に立ち竦んだ茶色を捉える。
「…まだわかんねぇのか、糞が。お前だけがこいつのオトモダチじゃねえ、って事だ」
 思い上がりも大概にしろ。扉が閉じる瞬間、銃器を抱え直した男の最後の猛毒がエントランスに吐き出された。


 遠退いていく機械音を聞きながら、置いていかれた形になったコウタは白雪の淡い温度を残す指先に目を落とす。――――思い上がり。本当に、そうだったのだろうか。
 センカの世界は非常に閉じていて、当初、友人という認識すらなかった彼に友人や仲間という枠組みを教えたのは自分だと、そう自負している箇所が確かにあった。何かあれば、養父であるサカキの次辺りに相談を持ちかけてくるのも、自分だろうと、そう思っていた。実際に相談される事は無かったけれど、一番に友達になった自分にはサクヤよりも、アリサよりも、ソーマよりも、もしかしたら、リンドウよりも先に話してくれると信じていた。それが思い上がりでなかったかと問われれば、恐らく返せる言葉は無い。
 突きつけられた煌く切っ先に照らし出された澱んだ感情に、今更、気付く。誰よりも仲が良いと信じていたものはただの優越感。善人の衣を剥ぎ取られて現れたものは、何という事も無い、奔走する事で自分が必要な人間だと確認していたに過ぎなかった保身主義の塊だ。
「……俺…」
「…コウタ?大丈夫?」
 肩に手を置いてくるサクヤの心配げな声も遥か遠い。
 カレルの言う通りだ。自分だけがセンカの友人ではない。彼にはサクヤがおり、アリサがおり、ソーマがおり、恋人になるかもしれなかったリンドウがいた。タツミやジーナ達もいる。交友を広げるのは自由だ。自分が詮索していいものではない。カレルやシュンとの関係を改善するのも、それこそ彼の勝手。それなのに、先程までの自分は、明らかに彼の交友関係を制御しようとしていた。
 果たしてそれは友人のする事であろうか。それは、思い上がり以外の何物でもないのではないか。
 捉え切れない霞か霧か、或いは、流れる水のような友人を無理矢理、型に嵌めようとする自分。そこに打算と傲慢が無いとは言い切れない。
 握り締めた手に滲んだ別の体温が気付けば遠く消え去り、俯いた少年はぽつりと呟く。――――俺、最低だ。



守銭奴vsお兄ちゃんの図。結果はお兄ちゃんの惨敗です。
当家のコウタさんというのはお兄ちゃんが過ぎるというか…原作でもそうでしたが、妹の事に関しても大事で心配するあまりにちょっと束縛感のある言い回しをしているような感じだったので、それを此処で彼に気付かせてみました。仲間や家族以外の近しい人に対しても随分、依存する傾向があるようにも思えましたし、だからこそ、自分だけ真実を知らされなかった事にあれだけショックを受けたんだと思います。「俺は仲間だと思ってたのに、皆は仲間だと思ってくれてなかったのか?だから、話してくれなかったのか?」という少し被害妄想めいた思考が偶に噴出するのが当家のお兄ちゃん。原作でも自分の居場所や環境を守る為に戦っていたので、「自分の世界」を守ろうとして、それを乱す人に敏感に反応する人だという認識です。
お前の為だよ、と言っていたものをつきつめると要は自分の為、という話ですね。コウタさんは典型だと思います。そういう意味では保守的というか、保身的というか。
そんなコウタさんにボディーブロー食らわせて去っていった二人は、というと、本当、ナチュラルに毒を吐いただけ(笑)
気持ちを切り替えた彼等は新型の事は嫌いじゃ無い事にしたのでお夕飯も一緒に行ってしまいます。実は、いろんな人の妨害で中々、ちゃんと接触できなかったのを根にもってたとか口に出して言ったりしないツンデレーズ。これから良い悪友になってくれる………筈。

晩御飯の席では新型はこの二人によって皿に肉をしこたま盛られてると思います。

2012/07/29