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 撃って撃って撃って、やっぱり間に合わなかった。
 だから言っただろ!?倒れる、って!

友達レベル2

 オウガテイル3体とコンゴウ1体。問題は後者である。
 コンゴウといえば、大きなわりに素早い動きで、殊、その図体を最大限に生かした回転体当たりは筋肉嫌いなら見ているだけで失神しそうな破壊力がある、と専らの噂だが――――少々、常軌を逸しているセンカには何も感ずるところが無かった。
 ひらり。白雪をふわりと巻き上げて飛び上がる華奢な身体が撓るように向きを変え、絶え間無く打ち込まれる弾丸の音を背景音楽に赤を降らせる刃を翻す。高々と宙に身を躍らせて朽ちた家屋を捉えた足裏が強く壁を蹴り出せば、それが最後の咆哮を断ち切る合図だ。
 針が飛ぶように鋭い一閃がコンゴウの太い首を貫き、消える。ずしんと響いた地鳴りが一通り大気を渡った後には雪の降る音だけが荒く息をつく二人の耳元で囁いていた。
「や、やった…?」
「任務完了です」
 熱の冷めない神機を構えたまま伺うコウタに返るのは、静かな勝利宣言。直後、拳を振り上げて喜びを体言する彼を、センカは不思議な気持ちで眺めた。
 内容的には、悪くなかったと思う。寧ろ、良い方だ。自分が刃を振り翳し、彼が遠距離から弾丸を撃ち込む。理想的な戦闘方法。事実、予定よりも早くコンゴウの討伐を完了出来た。喜ぶべき事だが、何かが引っかかる。
 常の自分の戦い方を一言で言うならば、個人主義そのものだろう。今までの任務では一度も他の者に手を出させなかった。自分としては全くそんな気は無かった為、結果的に、という方が正しいが、彼等には間違いなく、単独での戦闘…所謂、スタンドプレイに見えたに違いない。
 それが、今日は違った。
 大型のアラガミが相手だったというのを差し引いても、常の自分の戦い方からは明らかにかけ離れていたと思う。――妙な違和感。どこでこの気持ちの悪さが生み出されているのだろう。
 眉間に小さな皺を作ったと同時に、こほん。零れる咳。倒れたコンゴウを伺うコウタが振り返った。
「大丈夫か?早く帰ろうぜ!ただでさえ熱あるのに、こんな冷えるとこ居たらまずい……って……センカ?」
 視線が、止まる。
「?どうし…」
 見開いた茶色の目。驚愕というより恐怖に近い。半開きのままの唇の端が戦慄いている様が彼には似合わない気がして、問おうと喉を動かし――――詰まった。
 喉を上る、熱い塊。鉄の匂い。嫌なぬめり。唇に感じるべたつき。きっと、さっき咳をした時の零れたのだろう。だからコウタがあんなにも引き攣った顔をしたのだ。自分は知っている。「これ」が何であるのかを。
 呼吸を塞ぐ何かが何であるのかを認識した刹那、びしゃり。赤が雪を汚した。途端に歪む視界。回る景色。
「ぐっ、か、は…?ごほっ」
「センカっ!!」
 叫ぶコウタの声が遠い。次に耳を擦った冷たい感触は、地面に崩れた自分の頬が白雪に触れたからだろう。口を開ける度、こぽこぽと湧き出る血液が邪魔をして、問題無い、いつもの事だと返す事すら出来ない。酸素まで奪う喀血に、身体が跳ねる。
 嗚呼、失敗した。自力でサカキのもとへ行くのは流石に無理だろうか?ぼんやりと薄れ行く意識の中で白い雪がコンゴウの亡骸に降り積もって行くのを、まるで己を見ているようだと思いながら、消えかけた聴覚が端末に怒鳴りつけるコウタの声を聞いた気がした。
 そんなに焦らなくても問題は無いのに。目が覚めたら、きっと彼に怒られるんだろう。


「君は馬鹿かい?」
 ラボラトリに内密で運び込まれたセンカが意識を取り戻してすぐ、白い天井を見つめて始めに聞いたのはコウタの説教ではなく、サカキの罵りだった。
「返す言葉もありません」
「…反省はしていないようだね」
 全く困ったものだ。珍しく本当に困った風に顔を歪めてみせるサカキは比喩でなく、センカの無茶の仕方に頭を抱えたい気分だ。
 センカが血を吐いて倒れた、とエントランスのカウンターに呼び出されたサカキが端末で連絡してきたらしい焦った様子のコウタから知らされた時は正直、驚いた。
 無理をする子だとは知っていたが、同時に限度も知っている子だ。ラボラトリを出てからは必ず体調の報告には来ていたし、直接来られない場合は最近覚えたというメールで報告があった。だからこそ、尚更、無謀な事はしないだろう、とやや安心し過ぎていたのかもしれない。
 自分の迂闊さにサカキは眉を寄せるが、それでも、コウタが連絡をしたのがリンドウではなく自分だったというのは不幸中の幸いだった。何せセンカは特殊だ。特に体質については大事にする訳にはいかない。
 いっそ清々しいくらいに平静を保ちながら身を横たえる銀色に、溜め息が零れる。
「もう少し反省しなさい。コウタ君が泣き出す勢いで君を連れてきたんだよ?」
 言えば、僅かに見開く白藍。口よりも目が語る彼の事くらい付き合いの長いサカキにわからない筈が無い。ぱちりと瞬く彼に苦笑して、私も驚いた、と返してやる。
 サカキがセンカの主治医をしている事を知っているのは支部長であるシックザールくらいのものである。その事自体が極秘と言ってもいい。些細な傷ですら医務室に行かず、ラボラトリを訪れるセンカは他者には異質に映るだろう。しかし、今回、コウタは――ミッションカウンターを通してだが――直接サカキに連絡を寄越した。自分の事を話したがらないセンカが話すとは思えない。かと言って公式には無い情報の筈。
 疑問と疑念を同時に抱いたサカキが落ち着きを取り戻したコウタに、何故、それを知っていたのかと問えば、彼は当たり前のように、顔色が悪いといつも博士の所に行っていたから、と答えたものだから、サカキ自身、無駄な警戒に苦笑を隠せなかった。一瞬でも抱いた疑念は彼には随分と失礼な思考だったようだ。
 何の事は無い。友とはやはり貴重なものなのだと彼は証明しただけだったのだ。――――自分には、遠い昔の話のように思えるけれど。苦い思いを、彼は殊更緩い瞬きで閉じ込めた。
「そういう訳だから、ちゃんとお友達にお礼を言っておくように」
「そうそう!俺に感謝の気持ちを示してもらわなきゃ困る!」
「……え?」
 飛び込んだ声音。天井に向けていた目を横に向ければ、暖かな茶色とかち合った。視界いっぱいになるほど近い距離で間違う筈が無い。コウタだ。形ばかりの怒りを浮かべた目の端が赤く擦れている。
「もう、ほんっと心配したんだぞ!だから言ったじゃんか、倒れるって…まさか血まで吐くとは思ってなかったけど…」
 小さく萎んで行く声と共に顔が俯いて行く。そうして、センカは漸く、ぼんやりと、その言葉の意味を理解した。――――嗚呼、そうか。「心配」させたのか。心配させてしまった。自分が、無理をして、倒れたから。
 彷徨いそうな手が、しかし、指の一本すら動かない。消耗が酷すぎた。動かすにはもう少しかかるだろう。この状態自体が彼にとって悔やまれる事なのだから、自分はきっとこう言うしかない。
「え、と…次は、気をつけます」
 搾り出すように出た言葉が月並みすぎて笑えそうだ。顔を上げて合わせて来た彼の目が、心なしか笑っている。でも、口元まではまだ笑わない。
「俺がしっかり見張ってるからな!あと、約束守れよ?」
「…約束?」
 何か、あっただろうかと思案する風を見せた途端、彼の喚きが鼓膜で銅鑼を鳴らした。
「あーっ!ひっでぇ!俺、お前が任務で倒れたら何でも言う事一個聞けっていったじゃん!」
 わんわん鳴る耳の奥。眩暈が起きたのは気のせいではないだろうが、それを諌めるべき立場に居るはずの主治医はにこやかに、実ににこやかにこちらを眺め、観察する姿勢のままだ。人が調子を崩されているのを見て、さぞかし楽しい時間を過ごしているのだろう。そして、後から根掘り葉掘りこちらの思考を尋問めいた風で聞いてくるのだ。
 人の感覚にあまり詳しくないセンカでも、サカキの行うこれだけは世間一般で何というのかを知っていた。――――つまりは、悪趣味。
 少しばかり顔を歪めた後――どうやらこの仕草すら彼を楽しませるものらしいと最近気付いた――、動けない寝台の上で彼は今一度、自分の友人を豪語しているらしい人物を見つめた。
「もうやらせる事は決まってんだぞー。これ、永久な!」
 永久とはこれはまた随分、長い期間の命令だ。だがそれが、何処か彼らしくて微笑ましいと思う。
 今まで周りには無かった明るい声音に、耳を澄ませる。

「ちゃんと俺を名前で呼ぶ事!!」

 ぱちり。刹那、丸くなった白藍が瞬いた。その眉間に、ぐりぐりと人差し指が突きつけられる。
「あのなー、センカ。俺、ちゃんと分かってんだぞ?極力、呼ばないようにしてんだろ。そうはいかないからな!ダチなんだから!」
 怒ったように言うコウタに、返す言葉が見つからない。――事実だからだ。
 人間と関わるのはあまり得意ではないとセンカは自負している。それは接触の少なさも要因の一つだが、大半は彼の生い立ちによるものが大きい。どこまで踏み込んで良いのか、どこから拒絶しなければならないのか、微妙な線引きをし続けるセンカにとって近しい他人の存在は危険要素だ。ソーマのように理由がある訳ではない。ただ、漠然と「それ」が危険だと思っている。
 氏名を呼ばないのは、それだけである程度の距離が保たれると知っているからだ。
「センカー。約束だぞー」
 視線で逃げるセンカを追いかけるコウタの声音が意地悪に聞こえて仕方ない。傍らで、これは珍しいね、なんて暢気に言っている男が非常に憎らしくてならない。――――嗚呼、もう、これは無理だ。逃げられない。
 ちらり。盗み見た先で期待に満ち溢れた双眸が煌いている。

「……コ…コウ、タさん…」

 異常な程音を無くしたラボラトリの中。微かに響いた声音に今度こそ、暖かな茶色が嬉しそうに笑った。
 気分は――――思った程、悪くない。



友達レベル2で漸く名前呼びまでこぎつけたコウタさんの勇気に拍手。KYは時に最強スキル!…ですが、コウタさんは意外と他人の気持ちを汲む人だと思うので一番付き合いやすそうですよね。
新型さんについてはここで明確に病弱をカミングアウトしている訳ですが、やはり本人はまるっきり気にしていないというオチ。それよりも人間関係の方が大問題というネガティブさ。
次は漸くまたあの人のターンですよー。全私が困り果てる(何)

2010/11/05