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 俺に何を期待するんだ。

可哀相な青年の精一杯の言葉

 デート、というのはどうやら隠語らしいと気づいたのは、先輩ゴッドイーター二人の顔が曇ったからだ。更には、着信を知らせた端末に落としたリンドウの目がそれを決定付けた。――恐らく、特務だろう。勿論、階級的には新兵であるセンカが表立ってそれを任された事は無いが、公にそう呼ばれるものの存在自体は知っていた。隊長格、或いは、それに匹敵する能力を持つ者が支部長から直々に命じられる特殊任務である。
 総じて厳しく危険なものになるそれをどうやら今回はリンドウ一人でこなすつもりらしい。サクヤとソーマの顔が曇ったのもその所為だ。もっとも、いつものようにおどけた風情で「生き残れ」と命令を下す彼は震える程の緊張感を微塵も見せなかったけれど。
 隣で文句を垂れるコウタは気づいていないように見えて、傍らで身を固める先輩二人の変化にだけは気づいているに違いない。
 残るセンカといえば、いつものように神機を抱え、去っていく広い背を見送るだけだった。去り際に彼の麹塵と視線が絡んだが、無視を決め込む。どういう反応をしたら良いのか、分からなかったのかもしれない。
 死地へ向かう上司に言葉の一つもかけない部下に、彼は何を思ったのだろう。
「…カ?おい、センカ?大丈夫か?」
「え?」
 気づけば、鼻先が触れる程の距離で温度の高い茶色が瞬いていた。思わず下がった踵がじゃりりと砂を奏でる。
「具合悪いなら、此処にいるか?」
 不安に揺らめく眼差しは廃寺での一件から良く見るようになったものだ。少しでも様子がおかしいとすぐに手を伸ばして熱を測ろうとしてくる。今も、そうしようと近づいてきたのだろう。
 持ち上げた彼の手が前髪の毛先を掠めそうになり、センカは今度こそ身を引いて首を振った。
「…いえ、問題ありません」
 見渡せば、サクヤとソーマまでこちらを見ている。自分が思っていたよりも深く思考の海に身を沈めていたらしい。これから任務だというのに、これは明らかな失態だ。
「問題ありません」
 かしゃり。神機を鳴らし、彼はもう一度、同じ言葉を辿りながら、ふと、思い出した。――――そういえば、去っていった黒い獣はただ笑っていた。


 ザイゴート三体にコンゴウ一体。美女と野獣のハーレムパーティだなんて、笑えないジョークだったと、漸く倒したアラガミ達の亡骸を前に呟くコウタはデートだと言って一人、どこかへ行ってしまったリンドウを少しばかり憎たらしく思う。しかし、勿論、本気ではない。サクヤとソーマの様子がどうにもおかしい事を考えれば、それを鵜呑みにするのは少々危険なのではないかと頭の隅が警鐘を鳴らしていた。
 センカにしても、サクヤにしても、ソーマにしても、この場にいないリンドウにしても、この第一部隊の面々は皆、秘密主義なのではないかと思う。
 仲間なのに、何をそんなに気を張る必要があるのか。背中を任せる相手なのに、どうして気配を尖らせなければならないのか。比較的、明け透けな感のあるコウタには理解出来ない。感じるのは子供染みた疎外感だ。いつでも頭を振ってそれをやり過ごそうとするのに、不安に似たそれは中々、離れてはくれなかった。
 その不安を埋めるように、自分は、これもまた子供染みた感覚でセンカに近づこうとするのだ。そうして、それを自覚する度、自己嫌悪が胸を刺す。
 ふるり。振り払うように一度頭を振り、彼は一人、ヘリの発着場へ向かおうとする銀色の影を見た。もう大分、遠くにいる小さな姿。サクヤとソーマは気づいていない。このままでは単独行動をさせてしまう事になる。無論、黙ってそんな事をさせる友人第一号、藤木コウタでは無い。
 息を吸い、肺と腹に力を込めて。
「センカっ、一人で行くなよー!」
 態と大きく上げた声で動く、背後の気配が二つ。続いて、慌てて追いかけてくる足音もする。目論見は成功だ。自分も銀色に駆け寄りながら、少しだけ目を丸めて振り向いたセンカに向けて、彼はにやりと笑ってやった。
「単独行動厳禁、だろ?」
「任務は完了しています」
 きゅ、と抱きしめる神機を鳴らして首を傾げる友人に、ちちち、と人差し指を振る。
「ばっかだなぁ。アナグラに帰るまでが任務!」
「コウタの言う通りよ」
 漸く追いついたサクヤの声音は咎めるというよりも嗜めるそれだ。眉間を寄せる彼女を見上げ、その後ろに無言で佇みながらも目深に被ったフードの下から鋭い視線で咎めてくるソーマに視線を移し、再度、コウタの、ふりばかりの怒り顔を眺めてから、白藍はゆっくりと俯いた。
 任務が完了している。これは事実で、これ以上、この場に用は無い。ヘリとの合流時間に余裕はあるにしろ、対象以外のアラガミを刺激するような行動は寧ろ、自殺行為だ。戦闘狂でもあるまいし、無駄な戦いはしないに限る。だからこそ、もう此処に用の無い自分は、反対に用があるらしい彼等の邪魔にならないよう、早々に回収地点に向かおうとしたというのに、何故、それで咎められなければならないのか。理解が出来ない。
 俯いたまま、微動だにしないセンカに助け舟が寄越されたのは、風が二度、渡った後だった。
「あのさ、考えてる事はちゃんと言わないと駄目だぞ?」
 顔を覗き込んでくる、自称友人第一号。
「エスパーだったら別だけどさ…ってか、エスパーでもセンカの思考は読めなさそうだけど…何か、意味があるんだろ、任務後の単独行動?」
 ぱちり。瞬きを繰り返す白藍はあまりに深すぎて、きっと誰も読み切れないだろう。彼自身の口下手さがそれに拍車をかけている。何がそうさせるのか、彼は他の誰よりも秘密主義を徹底していた。それが、彼とサカキしか知り得ない何かである事にも薄々気付いてはいるが、未だにそれを聞けないのは、それを聞いてしまえば、折角、近くなった彼との距離が星よりも遠くなりそうだと思っているからだ。
 その点、リンドウはある意味で勇者だった。彼に距離を取られる事を覚悟でそっと近づいて行き、結局、逃げられ、警戒されるその顛末は見ていて情けなくもあり、又、拍手を送りたくなる程勇ましい。――今はまだ加減をしているらしいあの人の腕に捕まったなら、センカはどんな目で世界を見るのだろう。彼等の見る世界はあまりにも違う。
 言うべきか、言わざるべきか。僅かに瞳を揺らす銀色との間を駆ける風の唸りが、数瞬の逡巡の後、小さな吐息に途切れた。
「……他のアラガミを刺激する行動は好ましくないと判断しました……」
 現れたなら駆逐すれば良い。口を挟みかけたソーマを、今度はサクヤが制する。
 銀色は俯いたまま。
「任務は既に完了しています。この区域に留まる正当な理由はありません。ですが、曹長はこの区域に他にご用がおありのようでしたので、障害になる訳にはいかないと…」
 要は、新兵がベテランの仕事を邪魔してはならない、と。そういう事だ。気遣いがあるのか、ないのか。或いは、ずれているのか。有力なのは三番目だろう。ぽかんと開いたベテラン二人の口が大層、面白い。
「え、と…つまり…気を使ってくれたのね?」
 サクヤが要約した答えに、しかし、彼は意味がわからないとばかりに首を傾げた。
「?理解しかねます」
 どこまでずれているんだ、この新人は。今度はがくりと二人の顎が落ちる。残るコウタは大方の予想が出来ていたのか、半眼で遠くを眺めているだけだ。
 邪魔にならないように先に離脱する。単独行動という観点から見れば危険な行為だが、先輩二人に気遣った行動である事には変わりない。それを、この銀色は眉の一つも動かさずに、理解しかねる、と己の行動を否定してみせるのだ。理解しかねる、と言いたいのは寧ろ、こちらの方である。
 駄目だ。話さえ出来れば、多少の意思疎通と相互理解は得られそうだと思った自分が甘かった。――サクヤはぐりぐりと米神をほぐしながら少しばかり絶望した。
「…なんて言ったらいいのかしら…ソーマ、何か案は無い?」
 瞬間、俺に振るな、と視線が投げられたが、こういう時は冷たいように見えて人情味溢れる彼の方が良い言葉をかけてやれる気がする。そもそも、不思議の代名詞との会話において、頼みの綱であるコウタが戦線離脱してしまった今、多少、話が出来る程度の自分に何が出来るのか。悉く自らの感情を否定する新型神機使いに対抗出来る話術など、きっと口八丁のサカキや支部長だって持っていない。
 こうして使い物にならなくなったサクヤを他所に、突然、お鉢を回されたソーマは青いフードの下で瞳を彷徨わせ、ぐ、と唸ってから苦し紛れに銀色から視線を外した。
「………か、勝手にうろちょろすんな…」
 これが、逃亡を許されなかった可哀相な彼が言えた精一杯の言葉である。



今度はソーマさんが可哀相な人に。合掌。
時間軸的にはリンドウさんの秘密のおデート事件ですね。約一名だけ心が一つになっていない現場ですが、当家の新型さんが一つになれるわけがない、という…ほんとにチームワーク無いですね、うちの子は(…)任務後の単独行動だって平気でしてしまいますが、今回はお兄ちゃんに怒られてしまいました。
何にしても、コウタさんが戦線離脱してしまったら不思議の代名詞・新型さんとまともに会話が出来ない第一部隊。

2010/12/02