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 落し物にしてはでかすぎるだろう。

拾得物は有機物

 あまり無理をしないように。言いたくないが、この分だといつ高熱を出して倒れてもおかしくない。――――サカキに言われた言葉を頭に留めながら、実際に巡らせるのは気付かされたこの「感情」という厄介な物についての考察だ。
 喜怒哀楽。人間的なものの象徴の一つと言って差し支えないそれの内の一つを、どうやら自分は持っているらしい。否、先日、リンドウと話した際に気付かされたものを含めれば、二つか。
 自分に感情があるとは思っていないが、振り返れば、それに近い行動は取っていたかもしれない、とセンカは思う。
 リンドウと初めて顔を合わせた時の違和感。サクヤに褒められた時の違和感。ソーマの姿を見た時の違和感。コウタの話を聞く時の違和感。先日、エントランスで揶揄された時の、湧き上がる熱。どれも明確な名前はついていないにしろ、「感情」の齎す感覚であった事は間違いない。人間的な名を付加するなら、嫌悪だとか不快感、悲哀、落胆、逸楽、憤怒。そんな所だろう。気付いてみれば、二つどころではない。
 脳裏で並べ立てていく言葉はどれも人間的だ。温度のある言葉。それを、温度の無い自分が持っているのだと、サカキは言う。駄目だ。分からない。頭がぐらついてきたが、これは思考が絡まっているからだろうか?…それにしては、自分はこの感覚を知り過ぎている気がする。嗚呼、そうか。これは、確か、あれだ。
 ラボラトリを出て数歩。エレベーターホールに差し掛かった所で、乾いた音を立てて手から滑り落ちた薬の袋が禍々しい色の中身を撒き散らした。ぐらりと回った視界が思考を浚ったと同時に揺れる脳が、自分は倒れたのだ、と伝える。
 あの似非医者。こんなにすぐ倒れるなんて聞いていない。――――ぽん、とエレベーターの到着を知らせる音を聞きながら感じたそれは、確実に今し方出てきたラボラトリで笑っているだろう男に対する憤りだ。


 ソーマは一歩引いた。エレベーターから降りた彼の目の前に広がる光景が、恰も殺人現場のようだったからだ。
 冷たい床に投げ出された四肢。力無く鋼鉄に触れる白い指。光を散らして広がる銀の髪。――――細い影を落とす銀糸の合間から覗く肌が仄かに色付き、濡れた唇が荒い息を吐いていなければ、死体処理班を呼んでいたかもしれない。
 任務での事といい、今のこの状態といい、今日は厄日だ。彼は青い瞳で少しだけ遠くを眺める。
 兎に角、この行き倒れをどうにかしなければならない。死神と怖れられる青年はその実、非常に常識人だった。
「おい。…おい。生きてるだろう」
 呼吸をしているのだから、死んでいる訳は無い。しゃがみ込んで覗き込む先で、長い睫毛が震える。
「…だ、れ…」
「ソーマだ」
 漸く返る、掠れた声。どれくらい、この場所に倒れ込んでいたのだろう。顔を見てやろうと頬にかかる銀髪を除けた指の背に触れた肌が、やけに熱い。計るまでも無く、酷い熱だ。医務室が近いというのに此処に倒れたままなのは、動く事すら出来ないからなのか。どちらにしろ、この状態は好ましくない。
 瀕死の隊員が運び込まれない限り静寂に沈むこの階層で助けを呼ぶ事は難しいだろう。誰かいないか、と視線を巡らせ、けれど、彼の視界にも人影は欠片も映らなかった。こうなればこの階層の主たる男に押し付けるしかない。
 もう一度、辺りを見回して――――青い双眸は床に散らばるそれを捉えた。
 紙袋の口から吐き出された数多の薬。錠剤からアンプル。注射器まで。医薬品の形態全てを集めたのではないかと思うくらいの、数。
 状況から考えて、この有り得ない量の薬は此処でくたばっている新人のものだろう。彼の異常な高熱がそれを証明しているが、それにしても多すぎる。薬物に詳しい訳でもないソーマでも量の多さに息を呑む程だ。明らかに風邪などの類に対するものではない。彼自身に身体的な問題があると考えるのが道理だろう。そうだとしても、これ程多くの薬を飲まなければならない病とは如何様なものなのか。
 かさり。手に取ったカプセルの色はあまりに毒々しくて、萎れ掛けた花の如く倒れ伏す銀色とは結びつかない。
 そういえば、コウタがリンドウとの事について新型に聞きに行く、と飛び出していった時、彼は新型が何処にいるのか知っているようだった。彼が来たのは、此処だったのだろうか?声高に友人第一号を自負する彼ならそれくらい知っていてもおかしくは無いかもしれない。素振りからみて、病についてまで知っているかどうかは定かではないが。
「そ、ぅ…ちょ…?」
 苦しげな声音に目を向ければ、細く喘ぐ銀色の、潤んだ白藍とかち合う。――――そうだ。こんな事を考えている場合ではない。
 硬直を解き、散らばる薬を掻き集めて無造作に紙袋に押し込み始めたソーマの姿に、ぼんやりと青いパーカーを視界に入れていたセンカの目が見開いた。
「…そう、ちょ…もんだい、あり…ませ…置いて…」
「黙ってろ」
 切り捨てられた言葉が、鉄の匂いが絡み始めた喉で詰まる。それに気付いた訳ではないだろうに、盛大に床を彩る極彩色の薬を拾っては袋に詰めるソーマの指は早かった。乱暴な手つきで押し込みながら、それでも、注射器やアンプルを傷つけないようにしているのは、やはり、彼が温度のある人だからだと頭の片隅で思う。人間的な表現をするなら、それは「優しさ」というのだろう。
 一つ一つ丁寧に拾われていくそれらが漸く全て収まったのを茫洋とする意識の中で見届けた直後。
「え?」
 ふわり。浮遊感。
 景色が動いている。エレベーターが遠くなり、呆然としている間にも後ろから前へ過ぎて行く病室の扉。わき腹に感じる手のひらの熱は確かに自分以外の誰かのもので、ちらりと視線を巡らせれば、青いパーカーが視界を埋め尽くす。――――腹を吊って運ぶ体勢。所謂、荷物抱き。
「あ、の…曹長…?」
「黙ってろっつったろうが。このままおっさんの所に放り込んでやるから大人しくしてろ」
 大量の薬が入った袋を片手に十六歳男子を荷物抱きしている十八歳男子が堂々と闊歩する光景を客観的に想像して、センカは頭を抱えたくなった。体格が違うとはいえ、至極、滑稽な光景だ。ラボラトリの扉を開けた瞬間にでもサカキに大笑いされる。顔を見ることは出来ないが、いつもより動作が硬いソーマも同じ事を思っているに違いない。救いといえば、この場に他の神機使い…特に、第一部隊の面々が居ない事くらいだろう。彼等がこの光景を見たら、大喜びで周囲に触れ回り、挙句に写真に残そうとすらしたかもしれない。
 溜め息は、どちらから漏れたのか。

 嗚呼、それにしても、この状態は情け無い。



ぶったおれた新型さんにうっかり遭遇してドン引きしちゃったソーマさん。
何だかんだ言ってソーマさんは常識人だと思うので手際良く対応してくれそうです。病人にはきっといつもの一割り増し程度優しさが上乗せされるよ!
荷物運びで搬送、という若干、変な所で照れ隠しのツンデレが発揮されていますが、彼は非常に真面目です。真面目に荷物運びです。やられる方もやる方も本当に恥ずかしくてしょうがない(笑…えるのか)
しかし…写真は撮られなかったとはいえ、こんな羞恥プレイが実は監視カメラに残ってたりしたら大笑いです(酷)アナグラの公共モニターにエンドレスで流れてますよ、きっと!!

2010/12/09