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 堅苦しいのは止してくれ!!

噂の新型と愉快な防衛班達

 個人的な衝撃から漸く立ち直ったその翌朝に、これはどういった仕打ちだろう。
 右にコウタ、左にサクヤ、後ろにソーマ、斜め前にリンドウ。彼らを避けて進むには必然、正面を向くしかないセンカの前には黒髪の男が数人を従えて爽やかな笑顔で迎えていた。
 差し出された右手に下がりそうになった身体が真後ろの青くて褐色の物体にぶつかる。駄目だ、逃げられない。これを予期してのこの配置か。迷惑すぎる。しかも、全員の、この無意味に爽やかな微笑みは何なのか。流石にソーマは笑っていないが、リンドウを始めとした他全員が笑っている。これで後ずさらない者がいたらそれはそれである意味強者だ。
 帰りたい。物凄く部屋に帰りたい。任務になんて出てくるんじゃなかった。リンドウから呼び出された時点でおかしいと思うべきだったのだ。――――昨日で二度と感じるまいと思っていた人間的な感覚が早くも湧き上がる。
 ふいに向けた視線の先で、鮮やかな笑みを浮かべた上司が鬱陶しい位の輝きを纏った。
「エントランスで見かけた事くらいはあるだろう?今日はこいつらと任務に行ってもらうからな」
 勿論、拒否権は――――無い。


 フェンリル極東支部第二部隊、第三部隊。アラガミの討伐を主とする第一部隊とは違い、外部居住区を含めた支部、そして人類の希望たるエイジス島の防衛を主任務とする部隊だが、神機使いの総数の少なさから他部隊に助力する事は決して珍しい事ではない。
 今回の任務もそういった事態に慣れる為のものだったのだろう。緊急時に突然、異なる相手と組む事になるよりも、一度、彼等との任務を体験してみるべきだとリンドウが判断したのかもしれない。しかし、それならそうと言えば良いものを、あれではまるで捕獲包囲網だ。思い返す度にふつふつと何かがこみ上げる。あの場で上司に殴りかからなかったのは奇跡だった。もしも自分がこの感情というものを完璧に理解していたのなら、きっとあの屈強な身体に飛び掛って行ったかもしれない。
 有り得ない光景を想像し、ついでに、リンドウが笑いながらそれを受け止める様まで思い描いたセンカは腹癒せのように、眼下に倒れ伏したアラガミの首に己の神機を噛み付かせた。
 黒い獣へと姿を変えた神機が肉を引き千切る音が生々しく耳朶を撫でる。見つめるのは飛び散る赤い飛沫。――――以前、それは美味しいのだろうか、と思った事があった。自分と同じ温度を持つ神機や他のアラガミ達が、それをあまりに美味しそうに食べるものだから、自分にも食べられるだろうかと思ったのだ。そして、今、また考えている。今度は自分にも、食べられるだろうか、と。
 ぼんやりと赤黒い内臓を食い散らかす様を眺めるその肩を、ふいに骨ばった手が陽気に叩いた。
「よっ、噂通りの強さだな!」
 息が詰まる程、華奢な身体を強く叩く黒髪の男の手のひらに、意識が現実味を帯びてくる。同時に聞こえる、風の唸り。――――危なかった。「これ」は良くない感覚だ。
 剣形態へ戻した神機をいつものように抱えて向き直れば、リンドウに似た黒髪を揺らす男は快活に笑った。
「コウタだけじゃなくてリンドウさんやサクヤさんまで絶賛する強さなんてどんなもんかと思ったが…いやぁ、本当に噂通りというか…チームワークが壊滅的っつーところまで噂通りとは思わなかったぞ?」
 いやはや、驚いた。次は神妙な顔つきで腕を組む男の後ろで、彼の赤い上着とは対照的な青いジャケットに身を包んだ灰色の髪の男と、スナイパー型の神機を抱えた白菫の髪の女が頷いている。
 大森タツミ、ブレンダン・バーデル、そして、ジーナ・ディキンソン。確か、顔を合わせたエントランスで彼らはそう名乗っていた。第二部隊隊長兼防衛班班長とその部下達――ジーナだけは第三部隊らしい――である。第一部隊の者との交流が比較的深い者達らしい。そういえば、彼らがリンドウと話している姿をエントランスで見た事があったかもしれない、とセンカは左に小首を傾げて思い出した。
 薄紫の髪を翻し、神機を抱えなおしたジーナがタツミの肩を小突く。
「チームっていうか、私達、指一本触ってないじゃない」
「タツミなんか口あけて涎垂らしながら突っ立ってただけだろう」
「ばっ!言うなよ、ブレンダン!俺の威厳が台無しだろ!」
 笑い声が満ちる廃墟に先程までの陰鬱な緊張感は微塵も無い。それが不思議で、センカの首はことりと反対側に傾いだ。
 第一部隊とは、少し違う賑わいだ。誰もが何かを隠している彼らとは違う、もっと、隔たりの無い関係。存在自体が隠匿されているようなセンカには眺める事しか出来ない、関係。彼らのそれと似たような関係を挙げるとすれば、自分とコウタのそれが一番近いだろうか。別段、羨ましいとは思わないが、じゃれあう彼らを見て取り残された気分になるのは何故なのだろう。
 考えようとして、彼は、瞳を閉じてそれを打ち消した。考えてはいけない。その感覚は昨日、身体の内側に風穴を開けたばかりだ。…アナグラに帰らなければ。一人で帰るのは前回、コウタに注意されてしまったから…一言でも己の行動を彼らに知らせておくべきだろう。
「…あの、曹長」
 かちゃり。細腕に抱いた神機がいつものように音を立てるのと、静かな呼び声にタツミが高速で振り向いたのと、どちらが早かったのか。次の瞬間には両肩を掴まれていたセンカには判断出来なかった。
 鷲掴みにされた肩が、竦む。
「あ、あの…」
「今、何て言った?」
 真剣な顔。
「え、と…曹長?」
「それだ!!」
 問いに答えたつもりは無かった。異常な行動に気圧されて彼を呼んだだけだ。しかし、呼ばれた男はその言葉を耳にした途端、頭を抱えて天を仰いだ。見れば、他の面々まで米神を解している。
 何なのだろう。極最近、こんな光景を見た気がする。再度、首を左に傾げようとした刹那、装甲兵曹長の手が再び細い肩を掴んだ。

「曹長って何だ」

「は?」
 口が、開く。何を言っているのだろう、この人は。曹長は曹長だ。彼の階級は装甲兵曹長で…だから、曹長で間違ってはいない筈。彼が昇進したとは聞いていない。
 身を固めたセンカが思い悩む間にもタツミの話は突進するアラガミのように進んでいく。がっしりと肩を捕まえて、眉間に皺まで寄せ、ないない有り得ない、と首を振りながら呟く様は少し間違えば特殊な病院に送られそうな気配だ。ブレンダンとジーナも止める気はさらさら無いらしい。面白そうな顔でこちらを眺めるだけだ。――――正直、逃げたい。逃げたいが、どうにもこの力強い手は離してくれそうになかった。
「いや、いくらお前が新兵だからっていっても、そりゃよそよそし過ぎるだろ。コウタだってそんな呼び方しないぞ?身内なんて呼ばれた事も無い!そこの二人なんかタメ口だぞ、タメ口。俺の方が階級が上だってのに、敬い?何それ、美味しい?みたいな扱いだぞ?何より、俺はもうちょっとフレンドリーな方が好みだ!と、言う訳で…」
 駄目だ。嫌な予感がする。物凄く嫌な予感だ。そして、こんな時の予感は得てして外れた事が無い。嗚呼、リンドウ達と懇意にしているという時点でもう少し覚悟して置くべきだった。
 神妙な顔から、一転、爽やかな笑顔を浮かべた黒髪の男が、一瞬、今朝、殴り掛かりそうになった上司と重なる。

「『タツミさん』って呼んでみろ?な?」

 出来るな?にこやかで優しげに見えるのは表面だけだ。目が全く笑っていない。言える、と確信している笑顔。これは、出発前に第一部隊の誰かから何かを吹き込まれていると考えて間違いないだろう。更に言うなら、こんな事を要求させるのはコウタ以外に考えられない。ソーマとサクヤは曹長と呼んでも何も言わないし、リンドウに至っては名前はおろか、階級すら呼んだ事が無い。名前呼びに拘ったのはコウタだけで、実際に呼んでいるのもコウタだけだ。
 帰ったらどうしてくれよう、と思いかけて、息を詰める。こういう時、文句の言い方を知らないのは不便だ。サカキに少し訊いておくか、ソーマ辺りを参考に、その技を習得しておくべきなのかもしれない。
 しかし、問題は、今、この場である。タツミは譲る気がさらさら無いのが容易にわかり、後ろの二人は便乗を狙っている始末。どうするか。
 タツミの笑顔を見詰めて子猫の威嚇にも似た気配を醸し出し始めたセンカの視界に、ふいに青色の制服が割り込んだ。――――ブレンダンだ。
「例えば、だが…君は俺の事をどうやって呼ぶ?」
 苦笑しながら言う彼は確か、上等強襲兵。呼び方には迷うところである。単に強襲兵、と呼ぶわけにはいかず、かといって上等強襲兵では長い。緊急時には対応の遅れを招きかねない。名前を呼ぶことさえ避ければ良いと考えていたが、これは盲点だった。周囲に曹長以下の者が少なかった所為もある。
 きゅう。神機を抱きしめ、俯く銀色の髪を柔らかく撫で、ブレンダンは笑みを深めた。
「呼び難いだろう?それに、極東支部には他にも同階級の者がいるんだ。階級で呼んでは混乱するぞ?ジーナも上等狙撃兵だしな」
 確かに、彼の言う通りだ。迷惑をかける事になる。それは、好ましくない。
 ゆらゆら揺らめく白藍の双眸。その視線がタツミを捉え、ブレンダンを捉え、ジーナを捉え、またタツミを捉える頃、小さく開く唇が小鳥よりも密やかな声音で啼いた。
「…すみません……その…」
 言うのか。言えるのか。ごくり。喉が鳴り、

「は…班長…」
「はい、不合格!もう一回!!」

 結局、言えなかった彼が、言えるようになるまでアナグラに帰らせて貰えなかったのは言うまでもない。



タツミ兄さんが大好きです(いきなり何)リンドウさんがいなかったらタツミ兄さんが相手でも良かったくらい好きです(ぇえええ)…というか、第二部隊大好きなんですがね。
今回は第一部隊以外の好きキャラvs新型さんという構図。班長ならこれくらいウザイ感じでごり押ししてくれるに違いないと思っています。そしてそのごり押しに便乗する他メンバー。
まあ、現実的な問題として、関わる人が増えるにつれて階級だけで呼んでいるには限界がある訳で…この辺りで観念しなよ、みたいな感じです。
しかし…文句の言い方をソーマに習ったら大変な事になると思います よ 。

2010/12/22