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 こんなに綺麗なのに。

それは息すら止まる程、鮮烈な

 どこかに感じる、自分達以外の息遣い。いつでもこの、心臓を締め付けるような感覚はいつかそれだけで人を殺せるんじゃないかと思う。――――そんな事を思いながらちらりと見た新人の姿はあまりにも新人らしくない、落ち着き払ったそれだ、とリンドウは小さく安堵の息を漏らすと同時に小さな苦虫を噛んだ。
 怯えるばかりでいてもらっても困るが、正直、複雑な心境だ。
 第一印象は、といえば、綺麗な奴、と答えるだろう。エントランスの安い灯りに照らされて尚、燐光を帯びて煌く銀の髪。伏せがちな長い睫毛に縁取られた、蒼天よりも淡い白藍の双眸。白い肌に、データベースでしか見た事が無い愛らしい花の花弁を乗せたかのような小さな唇。折れそうに華奢な身体を少し大きめの制服で包み、両腕で大きな神機を抱えて佇む姿を見た時は、これが新型の適合者なんて嘘じゃないかと目を疑った。
 実際、今も己の神機を構えもせず、両腕に抱えたまま背筋を伸ばして前を行く彼は到底、戦場に繰り出しているようには見えない。こんな場所でなければ、ただ夕暮れの散歩を楽しんでいるようだ。
 ふわりと風を孕む銀の糸。短く切られたそれは触れればそれこそ絹糸の如くに違いない。
 不謹慎な事を考えていたからだろうか。彼が物陰で脚を止め、漸く神機の柄を握った時には思わず肩が強張った。――恰も自分が浅ましく醜い事をしたような、錯覚。
 じっと前方を見据えるセンカの静かな息遣いが聞こえる。次の、瞬間。大地を蹴った軽い振動にリンドウの声が重なった。
「あ、おい!馬鹿!!」
 急激に小さくなる、ただでさえ小さな背。下段に構えた刀身の煌きを足元に纏いながら音も無く地を捉える姿は舞う如く。身を屈め、顎を引いて見据える眼光の冷たさは見えずとも背筋を凍らせる。纏う大気の欠片は雪を孕んだ風のように。
 詰めた間合いの中、振り被る動作も無く、ぐ、と緩く柄に引っ掛けられていた指に力が籠もった刹那、踏み込んだ勢いのまま銀の一閃が白い巨体とのすれ違いざま、横薙ぎに閃いた。
 橙の陽光を弾く銀に気付いたオウガテイルの、最早、断末魔と化した咆哮と共に赤い飛沫が空を舞う。

 ぎゃおあ。か細く啼いたのは――――白い獣。

 巨体が沈む――これでも小型種だ――重々しい音を背に、何事も無かったかのような素振りであまり汚れていない神機の血を払うセンカを、リンドウはただ口を開けて見ていた。否、見ている事しか出来なかったと表す方が正しい。
 胸をざわめかせる感覚は力を見せ付けられた故の重圧ではなく、ただ美しいものを見せられた高揚感。この戦場で、この状況で、生死の天秤の揺れ以外で心臓が早鐘を打つ事があるとは。
 速さが問題ではない。ただ、その、動作の軽やかさと俊敏さ、正確さ全てが目の前の光景を戦場とは思えなくする。運ぶ歩の一つですら優雅だった。見えなかった彼の表情も、きっと不純物の入らない、透明な氷の如く純粋なものだったに違いない。――そこまで考え、リンドウは再び両腕で神機を抱えてゆっくりとこちらに歩いてくる彼を、ふいに恐ろしく思った。
 新人にしては戦いに慣れすぎている。アラガミを見ても何の反応もしなかったのは訓練で同じようなものを見ているからだと、どこかで思っていたが、あの立ち回りはそれとは違うものだ。的確に急所を狙い、核を砕き、殺す為だけの動き。相手の攻撃パターンを観察しようともしない。それはその種のものを相手にするのが慣れているからなのか、だとすれば、「どこ」でそれを知り、「どうして」慣れているのか。
 彼の経歴を、少し見直さなければならないかもしれない。瞬時に自室に保管してある資料を思い起こして、男は肩の力を抜いた。
 かちゃりと小さな音を鳴らし、細腕に抱え直された彼の神機に汚れは一つも無い。動作が速すぎたのだろう。センカ自身にも返り血の類は点の一つすらついていない。ともすれば、異様な光景。とんでもない新人が来たものだ。
「お疲れさん。俺の出る幕無かったな」
 まさか一撃で仕留めるとは思わなかった。苦笑しながら己の赤い神機を肩に担ぐリンドウの前で足を止めたセンカは鉄臭い香りを運ぶ風に髪を揺らして、首を傾げた。
「…話が出来そうになかったので」
「………は?」
 緩く瞬く彼の声音は湖面のように静かで、男の声とは思えない程心地良いが、しかし、リンドウが間抜けな生返事をしたのは、その心地良さの所為では無論、無い。
 もう一度、脳裏で言葉を辿る。――――話が、何だって?
 呆然と瞬きを繰り返す上官を放り置いて、センカは虚空を眺めた。
「任務完了です」
 そのまま迎えのヘリが降りる場所へ歩き出す小さな身体に不似合いの大きな神機が、残されたリンドウを嘲笑うかのように、かちゃりと鳴った。

 だめだ、こいつ、色んな意味でわかんない!



初任務のスパルタさはどうなのこれ。チュートリアルという概念の無いゲーム…!
戦闘シーンについてはもう稚拙としか言いようが無いですが、これがクォリティなのでどうしようもないという思わず遠い目をしたくなる事実があります。
新型さんの意味のわからなさが伝わればそれで良いかと。

2010/09/16