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 全く…俺がいないと駄目なんだからっ!

友達レベル4

 センカは決して時間にだらしの無い子ではない。寧ろ、常にこちらが彼を待たせてしまうくらい、一足も二足も早く動いている。ぼんやりとしているように見えて、己のテンポで先を行く彼はサクヤですら追いつけない事の方が多かった。
 その彼が、どうした事だろう。任務時間が迫ってもエントランスに現れない。常の彼からすれば異常な事態だ。――――彼女は自分の神機を抱えて首を傾げた。
 今日の任務はサクヤとセンカの二人で赴く事になっている。しかし、待てど暮らせど静かな足音は聞こえてこない。一度、彼の部屋にも行ってみたが、主の不在を告げる赤いランプが点いているだけ。ヒバリに聞いても、今日は受付には顔を出していないという。別任務に行く途中だったソーマとリンドウに聞いても首は横振り。廊下で遭遇したサカキに問うても結果は同じだった。
 彼が任務をほったらかす事など有り得ないと思っているサクヤとしては昨日の事がある分、心配せずにはいられない。
 途方に暮れかけた頃、漸く、一番センカの事を知っていそうな彼…コウタを捕まえられたのは奇跡に近かったと思う。
 以前のエントランスでの事件のように何かに巻き込まれたのではないかと危惧するサクヤを前に、むう、と唸ったコウタの眉間の皺が山脈を作った。
「サクヤさん…テーブルの下って見た?」
「……え?」
「だから、テーブルの下」
 テーブル、とは、エントランスにも置いてあるテーブルの事だろうか。至極、真剣な顔で言う彼にもう一度言わせるのは何故か躊躇われて、彼女はただ瞬く。だが、妙に洞察力のある彼はそれだけで分かってしまったらしい。
 ちらり。茶色が目をやる、出撃ゲート近くの、誰が置いたのか分からない酒瓶や缶がそのままになっている散らかったテーブル。彼は指すのは間違いなく、「そういう意味のテーブル」だ。しかし、いや、まさか。センカはぼうっとして見えても、きちんとした考えを持った人間だ。まさか、そんな事をする訳が無い。テーブルの下にいるなんて、そんな。
 また彼の冗談だろう、と軽く笑い飛ばそうとしたサクヤは次の瞬間、恐る恐る下を覗き込んだコウタが張り上げた声に石化した。

「ほら居たぁぁあああ!!」

 暗く影の落ちるテーブルの下。大きな神機を抱いて丸くなる華奢な身体。暗闇にも明るい銀の燐光を頬に滑らせながら目を閉じる彼の唇から柔らかく寝息が零れる様は御伽噺の登場人物のようで、けれど、やはり此処は荘厳なお城でも、綺麗な森でもない。フェンリル極東支部エントランスの、散らかったテーブルの下である。
 開いた口が塞がらないサクヤを他所に、大きめの制服の襟首を引っ掴み、慣れた風で引きずり出す芸当はコウタだからこそ出来たのかもしれない。
「センカっ!起きろよ!テーブルの下で寝るなっていつも言ってるだろ!?」
 眠り姫の胸倉を掴んで怒鳴る彼は猛者だ。新人の意外な一面を見た彼女はごくりと喉を鳴らす。――――リンドウに報告しなくては。いつも、とコウタが言っているという事はこれはセンカの癖なのだろう。テーブルの下で寝る癖。よろしくない。大変、よろしくない。一大事だ。思うに、今回は任務の相手を待っていてそのまま眠ってしまったのだろうが、よくもこの瞬間まで誰にも気付かれず、襲われずにいたものだと血の気が引く。
「おーきーろーっ!任務だぞっ!?サクヤさんが待ってるぞっ!?」
「……ん…ぁ…ぅ?…さくやせんぱい…?」
「そう!サクヤさん!」
 花が綻ぶような覚醒とはこんなものだろうか。彼女は燐光の瞬きに目を見開いた。薄く開く白藍の双眸に捉えられ、もう一つ、喉が鳴る。初めて名を呼ばれた事に喜ぶ間も忘れる程、それは鮮烈で、その様を見て尚、怒り顔をしていられるコウタが不思議でならない。
「…あーもう、埃だらけじゃん…床で寝るなってあれ程言ったのに…」
 こしこし眠気眼をこするセンカの幼い仕草に溜め息をつきながら、柔らかい髪についた寝癖を丁寧に直して、服の埃まで払ってやる彼はまるで本当の兄のようだ。――――こんな光景は初めて見る。彼等の仲が他よりも比較的良いというのは知っていたが、こんなに仲が良いとは思わなかった。コウタが昨日の事を気にする訳である。これでセンカに冷たい目で見られてしまったら落ち込むより嘆くだろう。
 仕上げに上から下まで眺めてやって、その頃には銀色の白藍も僅かに意思の光を取り戻していた。
「にんむ…いきます」
「ん。いってらっしゃい」
 満足げに送り出す茶色と躓きそうな足取りでふわふわと出撃ゲートへ向かう銀色。――――ふと、覚束無いその歩みが止まる。ちらりと振り返り、前を向き、数度、それを繰り返す銀色を不思議そうな顔で見つめた彼等との間に、刹那、沈黙が舞い込んだ。
「あの…コウタさん」
 視線を外しながら紡がれる言葉がコウタの肩を強張らせる。
 そうだ。彼には昨日、酷い顔をさせてしまった。コウタの胸の内を、不安がまた湧き水の如く浸して行く。今まで忘れていた感覚が、何も今更、戻って来なくてもいいのに。何を言われるのか。もう関わるな?大嫌い?最低?どれでも恐ろしい。
 ゆっくりと開いていく唇は恰も遅延映像のようで、現実味がまるで無かったように思う、その瞬間。
「明日の任務、一緒に来てくれませんか」
 目を見開き、顔を歪ませ、彼は笑って拳を振り上げた。

「任せろ!」
 俺はお前の友達第一号!



翌日、仲直りするお兄ちゃんコウタさんと新型さんの図。途中からサクヤさんが外野(ぇ)
此処でサクヤさんにも露見してしまった新型さんの癖は彼女からリンドウさんに伝わり、やがて極東支部の全員が知る所となります。狙いはアレです。新型さんを守る為ですね。ええ。手を出した奴は即、襤褸切れにされます。
…まあ……一番の危険人物はやっぱり隊長な訳ですけれども(オイ)

2010/12/30