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 もう一度。もう一度。今度は大丈夫。

その一歩は至るまでには小さく、されど、至らずとも大きく

 旧市街地。今回も大して銃を構える事無く終わってしまった任務を振り返りながら、彼女は銀色と共に迎えのヘリを待つ。
 相変わらず、チームワークという言葉をまるきり無視した戦い方だった。小型種ならまだしも、コンゴウ相手にも同じ戦い方をするものだから、援護の追いつかなかったこちらとしては瞬間、冷や汗をかいたものだ。無論、自滅するような彼では無かったが、それでも全くこちらに頼ってくれないやり方には少しばかり不満も抱く。
 そこまで振り返って、彼女はふと考えた。――――コウタと任務に当たる時も同じなのだろうか、と。
 コウタの性格とセンカへの接し方から推測するに、彼がセンカに単独行動をさせるとは考え難い。実際、以前、単独行動をしようとしたセンカを諌めていた。戦闘において個人主義を貫くセンカと全体主義を重んじるコウタは正反対である。その二人が同じ任に当たる場合、衝突は避けられないだろう。やはり年頃の男子らしく喧嘩でもするのだろうか。否、彼等が口論する様など想像もつかない。コウタならするかもしれないが、センカはじっと口を噤む性質だ。では、センカの方が折れてチームプレイをするのか。考えて、直に首を振る。それも、あまり想像できなかった。
 ちらりと見た銀色の姿が、初めて彼と当たった任務の時のそれと重なる。雨に打たれ、静かに佇んでいたあの時の姿と砂を孕む風に吹かれる今の姿。あの時と比べて、大分、打ち解けてきたように思える今なら、もう少し話してくれるだろうか。
「ねえ、少し聞いても良いかしら?」
 問いかければ、振り向く彼の銀髪が燐光を散らして止まる。――――じっと言葉を待つ姿勢。コウタに聞いた事がある。これは話が出来る合図だ。
 揺ぎ無く向けられる視線を受け止めるサクヤの目が瞬いた。
「君の戦い方なんだけど…私や皆で任務に当たっている時はほとんど貴方が一人で戦っているわよね?コウタと二人だけの時も一人で戦っているの?」
 友人第一号を豪語するコウタはアサルト型の神機を使う後方支援型の神機使いだ。リンドウやソーマと違い、前線に飛び込んで来る事はそうそう無く、そうなれば前衛を担うのは必然、センカの役目になる。そのセンカといえば、遠近両用の新型神機。戦い方は陽動から特攻、防衛までこなす完璧な個人プレイ。正直、後衛の出る幕など無い。その彼らが、どうやって任務に当たるのか。サクヤは非常に興味深かった。
 ふわり。小首を傾げたセンカの銀色が風に靡く。
 この華奢な身体が己の数倍もあるアラガミの急所を見事に突き、核を抉り出す様など誰が想像出来ようか。
「少し、違います」
 応え、彷徨う視線は任務の情景を思い出しているからかもしれない。不可解な感覚に戸惑っているようだった。
 コウタ曰く、この状態で口を挟む事は好ましくないらしい。ただ、只管、じっと言葉を待つ事。彼が言葉を選び終わり、音にするまでを見届ける事。それが彼と会話をする上で大切なのだと言っていた。
 つい口を開きたくなる意味深な長い間に耐えるのはソーマくらいでないと難しいかもしれない。自分ですら開きそうになる唇を引き結んで耐えているのだ。リンドウは間違いなく三秒も持たずにアウトだろう。タツミ辺りは一秒も持たないに違いない。望みがあるのはやはりソーマと意外に聞き上手なブレンダン。ジーナと自分くらいか。あとは彼の友人第一号であるコウタ。
 ぼんやりと廃れた町並みを見つめる白藍が緩く閉じ、また開く。長い睫毛が震えていた。
「コウタさんと任務に当たる時は、もっと連携を重視しているのだと思います」
 客観的な表現。彼が自己を分析している時の特徴だ。―――連携を重視、という事はそれなりにチームプレイが出来ているという事だろう。道理でコウタが任務に関してセンカに文句を言わない訳である。センカが自分と一緒の時だけ連携を求めるという事を密かに自慢にしているのだ。何だか悔しい気がしなくも無いが、彼が誰かと仲が良いというのは兎に角、良い事だと思う。
「コウタと仲が良いのね」
 悔しさに負けて苦笑になってしまった彼女の微笑みに、彼はまた首を傾げた。
「そうでしょうか」
「そうよ」
 見ていて微笑ましいもの。今度こそ朗らかに笑うサクヤにセンカは瞳を揺らす。
 その感覚が、まだあまり理解出来ないのだ。仲が良い、と言われてもそれがどういったものなのかが分からない。コウタとの任務で彼の弾丸が撃ち込まれる間にこちらが剣戟を浴びせるのはそれが効率が良い方法だと理解しているからで、それを根拠に仲が良い、と言われても正直、反応に困る。
 どうしたら良いだろう。笑顔で断言する彼女に理由を問うて良いものか、瞳がまた揺れる。サカキは内にあるものを語る相手は最早自分ではない、と言った。ならば、この渦巻く違和感を誰に吐露すれば良いだろう?思えば、理解出来ない事を理解出来ないと言える存在は数多居たようで、実際には彼一人しかいなかったのかもしれない。明確ではなくとも、答をくれるのも、それを導き出す手引きをしてくれるのも、彼だけだった。自分の事情を知っているのがシックザール以外は彼だけだったという事もある。それが、自分の口を多少なりとも軽くさせていたのだろう。人間的に表現するならば、「気兼ね無く話せていた」。――――それを、サカキは他の者に対してもして欲しいのだろうか?駄目だ。理解出来ない。出来ないが、しかし、この状態を長く続けるのは良くない、とセンカは理解している。人間が使う言葉を当てはめるなら、「悩んでいる」。その状態。
 一度、唇を引き結び、少し開き、又結んで、決まらない覚悟が己にしては珍しく、神機を抱く手に力が籠もった。
「…あの…サク、ヤ…先輩…」
 まだ、名前を呼ぶのは慣れない。歪な響きで奏でたそれに、形式のように敬称を付けて呼ぶ。振り向いた彼女は嬉しそうに淡い微笑みを浮かべて小首を傾げ、つられて揺れた黒髪がさらりと軌跡を残した。
 なに、と先を促す声音が酷く優しくて、視線が彷徨う。これは戸惑い。感じているのは、コウタといる時と同じ感覚。
「仲が良い事は…良い事、ですか?」
 我ながら馬鹿馬鹿しい事を訊いていると思うけれど、それでも彼女はにっこり笑って応えた。

「良い事に決まってるじゃない。私達ともコウタみたいに仲良くしてくれるともっと嬉しいわ」

 どうして気付かなかったのだろう。
 答えをくれるのは、彼だけではなかったのだ。



サクヤ姐さんと新型さんのコンビは姉妹(ぇ)のような感覚で書いています。感覚的にはコウタさんとの場面を書く時と同じ感覚です。
ちなみに、未だにサクヤさんのように新型さんとまともに話が出来ないリンドウさんの敗因はデフォルトスキルの「仲間思い」の派生系「玉砕アタック」の所為です(何それ)

2011/01/07