奥手じゃないぞ。やりたい事は沢山ある。
だから、情けないって言うな!
夜鶯はまだ鳴かない
ついにリンドウが自覚したらしい。些か遅すぎるそれはサクヤを通じ、瞬く間に「最強カップルの恋路を観察し隊」に伝わったが、朝一番にでも動き出すだろうと踏んだ一同の予想に反して、この夕食時に至るまで動きは全く無かった。
そもそもが接点の無い二人の事。任務以外で顔を合わせても話す事などある訳が無く、更には、シユウ討伐の一件でリンドウ自身がセンカに対して一週間の謹慎処分を言い渡してしまっては会話はおろか、接触などあろう筈も無い。
もう何度思った事かも知れない事だが、本当に三歩進んで二歩下がるとは良く言ったものである。
「でもさ、結局は半歩くらいしか進んでないよね」
食堂で行儀悪くスプーンを咥えたまま喋るコウタに誰もが頷いた。ジーナ辺りは半歩どころか、〇.三歩じゃないの、などど辛辣な事を言ってのける。
「まあ、状況が状況だからな…あいつの謹慎が解けたら何か動きがあるんじゃないか?」
無かったら無かったで考え物だけど。暢気にグラスの水を煽るブレンダンは発破をかけたがるコウタやサクヤ、タツミ達とは違い、静観派だ。しかし、勿論、彼もこの現状について思う所はあった。
自覚すれば押しの一手に出るだろうと踏んでいたリンドウは想い人に手を上げた負い目があるのか、或いは今回の一件については流石に我慢なら無いものがあるのか、口を開けばセンカセンカと言っていた彼は昨日の任務から愛しい人の頭文字すら出してこない。嵐の前の静けさにも似た、まさかのセンカ離れが起きているのだ。これには皆が目を丸くした。毎日毎日、朝、エントランスで顔を合わせればセンカの行方を聞き、昼、廊下で会えばセンカの様子を聞き、夜、食堂で同席すればセンカを案じる胸の内を延々と語る。そんな明らかにセンカ漬けの毎日を送っていたリンドウが日に一度も想い人の名前を出さないなど、有り得ない事だった。
「あれじゃないか?『押して駄目なら引いてみろ』」
「引き過ぎでしょ。我が幼馴染ながら情け無い…本気の相手には奥手だなんて、思春期の子供じゃあるまいし!」
溜め息を吐くサクヤは自覚をした直後のリンドウを思い起こして、フォークを弄ぶタツミに返す。
ちょっと相談がある、とやけに改まってサクヤを座らせた彼が聞いてきた事といえば、センカは怒っていないか、だの、嫌われたかもしれない、だの、どうすれば良いか、だの、でもやっぱりあれは許せない、だの…愚痴にも似たものばかり。無論、彼が本当にそれを語りたかったのだと本気で思ってはいないが、男の甲斐性を見せろ、と内心、拳を握っていたサクヤとしては脱力を通り越して怒りすら湧いたものだ。誤魔化しにしろ、本気にしろ、あれではあの子を任せられない!
「…何にしろ、様子見だよね…」
虚空を見上げた大人達の中、見事に総括してみせた最年少はあれから治療に専念しているらしい友人を思い浮かべながら、かちかちとスプーンを噛み、隣のテーブルに座る少女を盗み見た。――――彼女の目の前に置かれたプレートには随分前から何も乗っていない。先程から水を飲むふりをしながら、実際には全く減っていないグラスの中身をどうにかして動いているように見せかけようとしている背中はうずうずしているようにも見えて、コウタとしては気になって仕方が無かった。
誇り高いのは結構だが、高すぎるのも考え物だ。
「あのさぁ、アリサ…気になるんならこっち来たら?」
「なっ!リ、リンドウさんとセンカさんの仲なんて興味ないですよ!!馬鹿な事言わないで下さい!」
「あーはいはい。気になるんだね」
ここまでの会話の中で俺達、一言もリンドウさんとセンカの事だなんて言ってないよ?悟ったように言ってやれば、直後、真っ赤になったアリサの目が見開いた。
全く、あいつらは公共の場で何を話しているのか!ぎゃあぎゃあ喚いて盛り上がる食堂の入り口に身を隠しながら、当事者の一人であるリンドウは顔に昇る熱を抑えられず、口元に手をやった。熱い。なんて居た堪れない心地だろう。自分の恋路の行方について盛り上がられる事がこれ程羞恥心を煽るものだとは露程も思わなかった!
サクヤが、第一部隊全員と防衛班が自分の抱くこの想いに気付いていると言ってはいたが、まさかこの様な会議が行われているとは一言も聞いていない。しかも全員が全員、辛口だ。あえて味方かもしれないと思えるのはブレンダンとタツミくらいだろう。さりげなく弁護してくれる辺り、男心を良く分かっている。反対にぼろ糞に言ってくれるのが女性陣。特にサクヤは幼馴染の気安さ故か、言う事に容赦が無い。その丁度、中間はコウタ。双方の言い分を聞いて上手く纏める手管は普段の少々、落ち着きの無い彼からは想像し難い意外な特技と言うべきか。姿の見えないソーマは多分、どれにも属さない傍観派だろう。
何にしろ、昨日自覚したばかりの自分には、この盛り上がりの中に飛び込んでいく勇気は微塵も無い。折角、空かした腹でやって来た食堂だが、食事はこの嵐が去ってからにした方が良さそうだ、とリンドウの足はくるりと来た道を辿り直す。
耳が痛かった。
自覚はしたものの、何か行動が出来るかといえば、どうしても躊躇いが勝ってしまう。謹慎を言い渡した手前、自分から彼に会いに行くのも気まずい。何より、罵声を浴びせ、手まで上げてしまった。その理由も何ともお粗末。命令に従っただけだと思っているセンカにとっては憤慨するに足るものだろう。しかし、自分としても間違った指導をしたつもりはない為、謝るという発想はこれっぽっちも無い。完璧な平行線。その状態で顔を合わせるなど、結果が見えたも同然だ。
そうして、最終的に辿り着く結論はやはり現状維持。情け無い事、この上ない。
吸い込んだ煙草の煙を、ふう、と噴出して天井で煌々と灯る明かりを眺める。煙った光がぼんやりと揺れた。
「あー…まだ二日目か…」
言い渡した処分は謹慎一週間。任務には一切関わるな、とまで言い放ってしまったから、下手をすれば彼はエントランスにすら姿を見せないかもしれない。娯楽の少ない支部の中。独りでいるには、たとえ自室でも広すぎはしないかと心配にもなる。――酷い矛盾だ。
会いに行ってみようか。ふと思って、彼は直に頭を振った。
今は、自分にも頭を整理する時間が必要だろう。彼にもう少し冷静に接する事が出来るように、気を落ち着かせなければならない。彼がどうしてあのような行動に出るのか、どうしてあの時相談しろという言葉に過剰に反応したのか、何がそうさせるのか。考えなければならない。サクヤ達はああ言うが、自分達の関係はこちらが奥手だから進まないとか、そんな容易いものではないのだ。そもそも奥手になった覚えは全く無い。押していく気だけは滾る程あるし、やりたい事だって――公に言えない事も含めて――沢山ある。接触していないのは攻め方を考えているだけだ。何せ相手は地上最強、難攻不落。押すだけではこの手に落とされてはくれない。
ふう。もう一度、煙を吐き出したリンドウはエレベーターのボタンを押した所でふと動きを止めた。
そういえば、あれから、餓鬼の癇癪の如く叫んだ彼の「違う個体を理解する事は出来ない」という言葉が矢鱈と脳裏に焼きついている。再現するのは、叩きつけるような罅割れた声音。
あれはきっと、彼の深い所にとても近い言葉だったのかもしれない。
リンドウさん奥手疑惑浮上。勿論、ガセです(ぇ)
三歩進んでにーてんご歩下がるリンドウさんはヤりたい時はヤる人だと思うので解禁したら凄いと思います(何それ)きっと毎日ガンガンだよ!!(慎め!!)
というか、こんな食堂にはリンドウさんでなくとも入れないと思いますが、どうだろう。いや、寧ろ、入りたいのか…?
2011/1/21 |