寂しいとか、不安だとか。
汚泥に沈む
抱いた神機は酷く冷たい。自分がこの部屋に帰るまで誰にも触れられる事が無かったのだから、それは当たり前の事だが、センカは最近、それに違和感を感じ始めていた。
抱きしめて、制服越しに感じる温度。同じものだと思っていたそれは気がつけば差があって、初めて気付いたときは愕然としたものだ。それでも、傍にいれば融和していく冷たさと暖かさが辛うじて「それ」が自分と同じものだという細々とした危うい認識を留めさせている。縋るような、馬鹿馬鹿しい意識。そうでなければ自分が「生き物なのだ」という錯覚に陥ってしまう程、最近の自分は酷く己惚れている。
珍しくシーツを乱して褥に転がり――いつもはその辺りで寝てしまうから、コウタが口煩くて仕方が無い――、神機に頬を寄せた彼は静かに目を閉じた。
ここ数日で随分と色々な事があったと思う。始まりはリンドウとの事だが、タツミとブレンダンに「寂しい」と言われ、アリサには「兎が項垂れているようだ」と言われ、サカキには「不安そうだ」と言われ…まるで何か申し合わせて悪戯をしているように立て続けに「人」を当て嵌められる。おかげで独りになるとそればかり考えてしまうから、何とも迷惑な話だ。
判りやすい所から人間的なものに当て嵌めて考察するならば、サカキの言う「不安」は事実が露見する事に対する己の心情の揺れを表したものなのだろう。あの時、湧き上がった焦りを言葉にするなら、恐らく、それで間違いは無い。ならば、「何」が「誰」に露見する事を怖れたのか。あの状況で考えられるのは「自分の事」が「コウタやアリサ達」に知れる事だ。別段、隠す事など無いと思っていたのに、何故、今更そんな事を思ってしまったのか。サカキがやけに嬉しそうにしていたから、碌なものでないのは確かだろうが。
あの、何だか生暖かい視線を思い出して、眉間に浅く皺が出来る。
次に、タツミとブレンダン、アリサが言うのは感情的には同じものだと思う。それが、リンドウの感じるものなのか、自分が感じるものなのか、というだけの違いで。つまりは、自分が感じているものを彼が同じように感じていると考えれば良いだけの話だ。無論、それが完璧に同じものかといえば答は否である。他人を完璧に理解する事など不可能だ。それを出来ると思う事自体、おこがましい。――――今回の騒動の原因はまさにそれだ。他人を理解出来ると思っているリンドウと、相反する思考の自分。決して交わらない水と油。
どう足掻いても、「人」と違う自分は「人」を理解する事は出来ない。歩み寄ってこようとする彼の行いは無駄以外の何物でもないのだ。任務に連れ出された時、確かに伝えたにも関わらず、彼はまだ寄って来ようとする。それがまた理解出来ない。しかし、理解出来ない、と言う程、彼の憤りは募って、結果、この様だ。
目を閉じて、聞こえるのは冷蔵庫の微かな機械音と抱きしめる神機の密かな息吹。例えるなら、獣の午睡。それも明日には解ける。
シーツに触れる、ガーゼが取れたばかりの頬は既に無駄な熱を発する事は無く、僅かな赤みだけがそこにあったものを過去の事実として存在させていた。
誰が悪いのか。誰も悪くは無いのだろう。漠然と、それだけは理解出来る。リンドウにはリンドウの考えがあり、自分には自分の考えがある。それだけの事なのだ。思考がぶつかり合う事など珍しくは無い。社会とは、人と接する事というのはそういう事だ。
しかし、神機に指を滑らせたセンカはそこで、けれど、と言葉を切った。
この身から血が滴った時の彼の声。激しく語調を荒げた時の、常には無い顔。謹慎だ、と言った時の、何か抜け落ちたような冷たい表情。密かに握り締めていた拳。彼をあそこまで追い詰めたのが自分だとするならば、それは、好ましい事ではないのではないだろうか?あの人の言葉を捉え切れなかった自分に非が無かったと、完全に言い切れるのだろうか?
針のように胸を刺す何かが何であるのかはまだ理解出来ない。考える程に息が詰まり、窒息しそうなこの感覚も、まだ理解出来ない。それでも、確かに感じているものを信じるのなら、それは。
ぴりりり。突如、鳴いた黒い小箱に目をやり、手を伸ばさずに瞼を閉じたセンカの意識は今度こそ闇に落ちた。
明日は任務だ。考えるのは、その後でいい。
もやもや新型さん。何時の間にか一週間経過です。
本編にはあまり関係ないといっていい回なんですが、外すとどうにも具合が悪いので組み込みました。その所為で短いですが(笑)で、でもいつも長いばっかりだと疲れるじゃないですか!最初はこれくらいの長さでさっさか話を進めていく気だったのに、いつのまにかちゃんとした長さになってるとかコレどうして!(A.要約する能力が無いからです)
新型さんのもやもやには全然答えが出てない訳ですが、まあ、新型さん自身が色々なものをぶち壊さないと無理な話です(ぇえ)
リンドウさんとの距離は果てしなく遠い…。
2011/02/05 |