mono   image
 Back

 本能が知っている。「それ」が出来る事を。

夕暮れ時に、違う場所で、

 壊れ落ちたステンドグラスが散乱する内部は存外、広く、瓦礫の散乱する床に、壁に現存する色硝子を透した虹色の光が散りばめられる様は荒廃した世界に似合わぬ美しさで網膜に焼きついた。大きく開いた天井近くの壁の穴から差し込む陽の光が恰も定点照明の如く一点に注がれているのをこんなにも感慨深く眺めるのは、この様な時でもなければ一生無かったかもしれない。
 朽ちた教会の中。そこを選んだのは、万一、何かに入ってこられてもどこかしら出られる場所があると思ったからだが、これは思いがけない目の保養だ。
 光の柱の中で小さな緑色と共に揺れる白い花を認めて、センカは口元を緩めた。――――ここは、植物の次に「好き」かもしれない。そう思いながら、丁度、陽の当たる場所…一際、高く積み上がった瓦礫の足元に腕に抱えた小さな身体を横たえる。
 改めて見る傷は深い。残る爪痕は、やはり張り飛ばされる際に抉られたのだろう。内臓が飛び出していないだけでもましと言うものだ。砂利で擦った顔や肩も毛が少し禿げている。浅かった呼吸は既に静かになっていて、死が枕元に立っているのだと容易に知れた。普通に手当てをしても助かる見込みは皆無だ。
 思うより酷い状況に、自然、目が細く険しくなり、腰に伸びる手が、護身用に持ち歩いていたナイフを抜く。
 救う為に打てる手は多くは無い。「普通に手当て」をしても助からないなら、「普通」でなければ良いのだ。だとすれば、自分が持ち得る手札はこれ以外には無いだろう。
「すみません」
 謝ったのは、誰にだったのか。
 躊躇い無く振り下ろした冷たい刃を己の白い手首に食い込ませれば、艶めく赤色が滴った。ぽたた、ぽたた、と音を立てて落ちるそれを小さな毛玉の傷の上に落としながら、軽く口を開けさせて数滴、飲ませてやる。
 輸血に似た、非なる行為。狂気染みてすらいるそれは今打てる最良の救助法だ。――――少なくとも、自分のような存在にとっては。
 じわり。獣の身体に染みこんでいく己の血液を眺め、意識を集中する。落ち着け。生まれてこのかた、他の存在との関係に乏しかった自分はこんな事はした事が無い。でも、出来るはずだ。知識と、何より本能が知っている。外から手当てしきれないなら、「内側から」手当てしてやればいい。大丈夫。出来る。
 血濡れの手が触れる、ごわついた毛に包まれた身体が微かな温もりを伝える。深呼吸は気休めにもならない。それでも、深く息を吸い込んだのは、「それ」をする時の負荷が重いと知っていたからだ。この後、何が起こるかは分からない。サカキに怒られるだろうか?思いながら、自分の中の「枷」を外していく。
 その日、廃墟の教会で光が閃いた。


「はぁ!?ヴァジュラの為に一人で残った!?」
 馬鹿か、あいつは!エントランスで油を売っていたリンドウ――立場的にそう出来る時間など無いだろうに、センカを待っていた事が丸分かりだ――を人気の無い場所まで漸く引っ張って報告をしたタツミに、彼は目を剥いて叫んだ。
「しーっ!声が大きいですって!ばれたらセンカが大目玉!」
「俺に知れた時点で大目玉だっての!」
 タツミの報告は自分の想像の遥か斜め上を行っている。彼は言い難そうに、けれど、確かに、はっきりと、寧ろ、殊の外あっさりと、センカが負傷したヴァジュラの仔の為に旧市街地に残ったと言った。だが、それは実質、とんでもない話だ。
 ゴッドイーターの本質はアラガミの討伐、駆逐にある。それを根底とした、防衛任務であり、偵察任務だという事は最早、あえて語るべきものでもない。センカが所属し、リンドウが隊長を務める第一部隊はその本質そのものを主な任務としている部隊である。現場の偵察から実際のアラガミの討伐までを請け負う精鋭部隊。それが第一部隊だ。アラガミを殺す事はあっても救う事はまず無い。
 それが、だ。
「…あいつ、何考えてんだ…」
 小さくぼやき、前髪を掴むように頭を抱えたリンドウは溜め息をつく。
 烏羽センカがヴァジュラの仔を救助した。知れれば大事になる事は間違いない。最悪、センカから神機を剥奪し、危険人物として周囲と接触しないよう、監禁しなければならなくなるかもしれない。善意がいらぬ悪意を呼ぶ事になる。もとより、少々特異な考えの持ち主だと理解していたが、まさかここまでになるとは。――――アラガミと自分の違いが判らない。サクヤから聞いた彼の言葉が今更、脳裏を駆ける。曖昧な境界線が彼が安定を欠く原因の一つだったのは確かだ。
 傷ついたヴァジュラの仔を見て、己と同属だとでも思ったのだろうか。それとも、理解されない寂しさを、ヴァジュラの仔を救う事で昇華しようとしたのか。或いは、もっと違う理由があるのか。どれにしろ、今、センカがいる状況は非常に危険だ。立場的にも、生死がかかるという意味での現実的にも。たった一人でアラガミがうろつく場所に滞在するなど無謀以外の何物でもない。
 時刻は夕暮れ。もう直ぐ、夜の帳が下りる。早朝任務だけこなして帰還する筈だったセンカに廃墟で一夜を過ごす装備があるとは思えない。冷たい暗闇の中でたった一人、いつ襲ってくるかもわからないヴァジュラの傍で風の音だけを聞くのは、どれだけ寂しい事だろう。
 ただでさえ小さな身体が芯まで冷える様を想像して、リンドウは刹那、震えた。やはり、一人にはしておけない。
「…今から行けば、丁度、宵の頃ってとこか」
 些か、遅い。もっと早く話を聞いていれば直ぐにでも行って連れ戻して来ただろうが、過ぎてしまったものは仕方が無いだろう。
「一応、夜までに連絡が無い場合は捜索を出す、って言ってありますから、行っても撃たれやしないでしょうけど…」
「そりゃ都合が良いな。通信があっても『聞いてねぇ』って言えば済んじまう」
 笑い飛ばすように言いながら煙草の煙を吐くリンドウの足は踵を返し、エレベーターへ向かっていく。常より早い歩調は靴音を殊更、大きくさせていた。ボタンを押し、箱の到着を待つ間さえもどかしいのか、かつかつと爪先が床を打つ。
「あー…一応、お聞きしますけど……リンドウさん、今からどちらへ?」
 狙って振った話題の答を知らない訳が無いだろうに。白々しく黒獣の背中に向けてそんな事を言ってくるタツミに、彼は咥え煙草のまま肩越しに笑って見せた。

「うちの馬鹿姫を迎えに行くんだよ」

 あと、仲直りをしに。



秘密をちら見せした新型さんと支部でタツミ班長からとんでもない事聞いちゃったリンドウさん。
お互い違う場所でわーわーしてますが、命がかかってる分、新型さんの方がちょっと深刻です。リンドウさんは…ほら、比較的いつもわーわーしてますから(ぇえ)新型さん相手だと仲間思いスキルが過剰反応します。
これから新型さんを迎えに行くべく準備をしてヘリに乗り込む訳ですが、夜というオトナの時間が迫っているので早くしないとエロいリンドウさんが発動してしまいますね!無論、話の展開的にまだそんな事はありませんが!!(…)
しかし…タツミ班長、よくやった。誰か褒めてあげて(何)

2011/02/19