mono   image
 Back

 撃つな。洒落になら無い!

汚い大人と綺麗な子供と時々、毛玉

 もっと速く飛べないのか、とヘリの操縦席を何度蹴りそうになった事か。もう少し、性能を上げるか、操縦士を変えた方が良いんじゃないかと常に無く横暴な事を思うくらいには旧市街までの飛行はリンドウの苛立ち具合を際限無く上昇させた。
 闇の向こうへ飛び去って行く爆音を背中で聞きながら、男は月と星ばかりが煌く空を見上げて溜め息を吐く。
 当たり前だが、真っ暗だ。どこから飛び出してくるか分からないアラガミに警戒しつつ、この暗闇の旧市街地からセンカを見つけなければならないと言うのはいくら歴戦のゴッドイーターであるリンドウでも危険を伴う。更に、対象であるセンカが生きているかどうかすら分からないのだ。最悪、死体を見つける可能性も無い訳ではない。死体相手なら明朝でも構わないが、あえて、渋る操縦士を席に押し込んでヘリを飛ばさせたのは無論、センカが死んでいるとは微塵も思っていないからだった。
 細くて脆いように見えて、その実、ある意味、誰よりも耐久のある彼がそう簡単に死ぬものか。それは確信だ。
 とす。軽い音を立てて回収地点から飛び降りれば、舞い上がった砂埃が闇を白く煙らせ、やがて消えて行く。
 さて、何処から探すべきか。それ程、時間はかけられない。報告された状況から推測するに、彼が潜んでいそうな場所は何処か建物の中だろうが、そんなものは此処には腐る程ある。しかし、捜索が出ると分かっているなら任務領域からはあえて外れる事は無い筈。そうなれば少しは絞られてくる。屋根がある場所――この場合、辛うじて、という部分も含めて良い――はG地点、I地点、K地点、L地点、N地点の五つだ。その中で有事の際、立ち回れる十分な広さがあり、場合によっては比較的容易に退避が可能な出入り口があるのは一つ。明かりもこの月夜なら、あの中でも十分、周囲を見渡せる筈だ。手当てをするには丁度良い。勿論、その分、アラガミに発見されやすい欠点はあるが、そこは第一部隊期待の新型神機使い。抜かる様な事は無いだろう。
 慎重にG地点――廃教会に足を進めながら、神経を尖らせて聞く風の音には生き物の気配が薄い。近くに敵になるようなものがいないのは喜ばしい。センカの生存率も己の生存率も多少は上がる。しかし、
「何でまたよりにもよってヴァジュラを助けちまうんだか…」
 俺には労わりの言葉の一つも掛けてくれないってのに。まだ子供だというそのヴァジュラに大人気無くも嫉妬すら覚えてしまう。
 センカの事情は分からないが、此れは正直、自分でも庇いきれるかどうか。出来ればヴァジュラを仕留めて終わらせました、と一件落着させるのが一番望ましいだろう。だが、タツミから聞いた話では仕留める方向に話を持っていった彼等に、彼は銃口を向けたらしい。実にらしく無く過激な反発だ。そんな事が出来る性格だったのか、と感心する一方で、何がそんなに彼を掻き立てたのか心配にもなる。
 先日、大喧嘩をした自分が言えるものではないと分かっていても、リンドウはセンカがそう簡単に激昂するような性格ではないと断言出来た。きっとあの日は、そう、虫の居所という奴が悪かったのだ。人間誰しもそういう時はあるものである。しかし、その時ですら、彼は神機を向けては来なかった。拳を振り上げる事も、低次元な罵詈雑言を無闇矢鱈と並べ立てる事も無かった。
 その彼が、他人に明らかな殺傷の意思を示したのは驚くべき事だ。タツミは捜索を伝えてあるから撃たれる事は無いだろうと言っていたが、強い意思を示した彼を前にしては、実のところ、そんな保障は何処にも無い。
 壁伝いに歩き、廃教会の中を探る。微かな気配が二つ。天使か悪魔か。そっと中を覗き込もうとした刹那、逸り過ぎた爪先が小石を蹴った。
 からんからんからん。弾むように高く鳴るか細い音が矢鱈と響くのを、嗚呼、やばい、と思う間も無く、冷えた殺気が頬を撫でた直後、轟音と共にリンドウの潜む壁の端が見事に抉れて消える。空いた穴はさながらアラガミの噛み跡。実に笑えない。
「うぉおっ!?あぶねっ!」
 バレットだ。しかも、爆発系の。一体、どんなモジュールを組み合わせればこんな威力が出るのか。そういえば、同行した防衛班の報告にはセンカがヴァジュラの体内に爆発系バレットを撃ち込んで始末した、とあった。これがその時のそれなら相当、凶悪だ。寧ろ、七発も耐えたヴァジュラに乾杯である。――――なんて、冗談めかしている暇は当然、無い。がちり、と次なる弾を装填する音を捉え、リンドウは些か本気で青褪めた。
「あ、あ、あ、あ、あ!待て待て待て!俺だ!リンドウだ!」
「………先輩…?」
 慌てて壁に身を潜めたまま叫べば、瞬時に凍て付く殺気を沈めた彼の、一週間ぶりに聞く透明な声音が大気を震わせる。
 ひらがなにしてたった四文字。相変わらず名前で呼ばれない、けれど、確かに己を表す言葉は、それだけで馬鹿のように身体の奥を暖かくさせるのだから、既に自分はかなり末期な状態なのだろう。
 咳払いを一つ。落ち着け。浮かれる前に撃たれないようにしなくては。まだ彼にとって自分は警戒を怠れない人物である事には変わりないのだ。…寂しい事に。
「あー…今からそっちに行くが、撃つなよ?一応、捜索って名目で来てるんだ。味方に撃たれちゃ世話無いだろう?」
 明るく言ってみるものの、滲む哀愁までは消しきれないのが情け無い。だが、ヴァジュラについて話すにしろ、先日の一件について話すにしろ、何とか会話が出来るまで状況を持っていかなくては何も始められないのだ。
 風が二度、渡る。からりと鳴る足元の小石を一瞥して、リンドウは返る声が無いのを返答にした。
「…出るぞ。銃口は下げとけ」
 言ったとして、その通りになっている事は無いだろう、と思う。彼はとても用心深い。それは長所だ。軽率であるより遥かに好ましい。
 こつり。わざと大きく靴音を響かせ、物陰から歩み出た先に見た光景に、男は柔らかく笑った。
 差し込む銀の月光の中、血の色で燐光を鈍らせた銀糸の髪が煌いている。頭から被ったような血は昼間仕留めたというヴァジュラのものだろう。汚いとは思わない。少し大きめの制服を赤黒く染め抜き、傷の消えた白い頬にまでべたりと張り付く様はしなやかな身体を持つ彼を殊更、艶美に見せた。血で固まった前髪の合間から鋭く輝く白藍が警戒を露に細められている事すら、背筋を痺れさせる色香がある。淡い光を帯びる細い首筋。禍々しい赤と対比する彼の色彩の全て。これは、たまらない。月明かりに照らし出された彼の危うい姿に乾きそうになる己の唇を舐めた動作は、どう映っただろう。
 下げておけ、と言った銃口はやはり地面から一メートル程の所で固定されていた。引き金にかけられた白魚が判断を迷っている。その、足元。ぴん、と立った筆のような尾がぱたりと撓ったのを目に留め、柔和な笑顔が呆れた風のそれに変わった。――――嗚呼、本当だろうとは思ったが、本当に本当だったのだ。
「……はぁ…お前な、いくら小さいからってヴァジュラだぞ?」
 言いながら歩を進めようとしたリンドウに向けた銃口が抱え直される。同時に、前傾姿勢の小さな毛玉から唸り声。
 明らかな威嚇だが、それ以上でも、以下でもない。殺気は和らいでいるから、万一、こちらが牙を剥く時には目くらましの射撃でもして背後の大穴から逃亡する算段なのだろう。しかし、勿論、それではこちらが困る。
 一旦、歩みを止め、刹那、苦笑を浮かべたリンドウは思案の素振りを見せた後、己の神機を静かに床に置いた。訝しげな視線を向けてくるセンカに、また笑ってやる。警戒を解くにはこちらが武装を解除するのが一番手っ取り早い。無論、それを選択出来るのは相手を信用しているが故である。そして、その行為すら、彼を揺さぶる手の一つなのだ。
 我ながら汚い手に口元が皮肉に歪む。
 両手を挙げた男を前に毛玉は前傾姿勢のままだったが、硬いブーツの裏が、がつん、と力任せに蹴った赤い神機が床を滑って銀色の傍らに転がった時には飛び跳ねてまで驚くものだから、正面からそれを見たリンドウは場違いにも腹を抱えて笑いそうになった。ああして見れば、ただの犬猫の類に見えなくも無い。あくまで、顔はヴァジュラそのものだが。アラガミもあれくらいなら可愛げがあるだろうに。まあ、無理な話だけれど。
 己の足元に横たわるリンドウの神機を一瞥して視線をやったセンカを見返す男は降参を示す如く両手を挙げて麹塵を細めた。
「ほら。これで良いだろ?俺は今、丸腰だ。丸腰の奴を撃つ程、お前は冷たい奴じゃないだろう」
 何てずるい。そう言われれば、彼がどうする事も出来ない事くらい知っていて、逃げられないように、こんな言い方をする。これは二度目だ。一度目はそれで彼を連れ出した。今度はこれで彼に近づこうとしている。
 そうだ。思えば、いつでも考えていた。彼に近付く方法を。彼の声を聞く方法を。彼に伝える方法を。
「お前が思っているような事はしないと誓う」
 少しでも伝わればいい。自分が、彼と共にいる方法を格好悪いくらい一生懸命考えている事が。その為なら、ヴァジュラ云々など取るに足らないものだと思う。信じて欲しいなどとおこがましい事は言えないが、信用はして欲しい。
 真摯な色を瞳に浮かべて、待つ事、少し。黒獣を狙う銃口が、静かに床に向けられた。



リンドウ隊長、ご到着の巻。新型さんは相変わらずお母さんモードで警戒中。傍から見たら母子家庭にちょっかいかけに来た間男の図です(ひどい)Jr.にセリフをつけるなら、「お母さんに近付くな!」みたいな(オイ)
リンドウさんは新型さんにお近づきになる為なら手段は選ばないのでどんな事でもしますよー。自分でも自覚していてやっているとイイと思います。策士万歳。
バレットについては…うん。新型さん愛用(?)の破壊弾にぶっ飛ばされなくて良かったですね、隊長…。耐えたヴァジュラに乾杯!(何)

2011/02/25