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 急展開にも程がある!

貴方が苦手です、世界一

 元々が人懐こい性格なのか、次々と伸ばされる手に鼻先を擦りつけたレンギョウが漸くセンカの足元を離れ、他の者にじゃれ付き始めた頃にそれは起こった。
 ああ、そうだ、と珍しく声に出したセンカがリンドウに向き直る様はそれこそ目が飛び出る程、珍しくて、だから、この後のやり取りは何か、ドラマか映画のようで。瞬時に蚊帳の外へと放り出されたコウタ達はこの先、身動きすら取れなくなる事になる。
「先輩」
「ん?なんだ?」
 いつもの笑みを浮かべる麹塵に返る茫洋とした白藍。穏やかなやり取り。そこに先日までのような軋んだ空気は無く、無事、関係を取り戻せたのだと安堵する一同の前で潤む花弁の如く艶やかな唇が開く。

「貴方が苦手です」

 間。

「貴方がこの世界で一番苦手です」
 二度言った。しかも二回目は更に悪かった。誰かが小さく呟いたが、そんな事はどうでも良かった。突然の衝撃があまりに大きすぎて誰一人、指一本すら動かせない。理解し切れていないレンギョウが可愛らしく尾を撓らせたのが矢鱈と滑稽に映る。
 衝撃を真っ向から受けたリンドウといえば、流石に目を瞬かせるしかない。外せない視線を白藍とあわせたまま、状況を情景としてしか認識できなくなった脳でぼんやりと、嗚呼、こんなに長い時間彼と視線を合わせた事は無かったな、と思う自分すら、彼は他人を見るように感じていた。
 ゆるりと、長い睫毛に縁取られた白藍が瞬いて、震える。
「昨日、好きに言って良いと言われたので、少し、考えました」
 リンドウが聞いているか聞いていないかはこの際、問題ではない。口に出す事に、きっと意味があるのだろう。好きに言って良いと言われたのだから、箇条書きを音読してでも言ってやれば良い。勿論、随分と身勝手な解釈だと理解はしている。しかし、拙く、温度を持たない自分にはただ感覚を単語にする事しか出来ないのだ。サカキとの以前のような会話が減った今、自分の答えを見つけるにはこれしか方法が無いと漸く理解した。
 コウタは機会をくれる。サクヤは答えを。ソーマは猶予を。アリサは認識を。ならば、彼は何をくれるだろう?
 目の前の男は形の良い薄い唇を少し開かせて動かないまま。麹塵だけが一度、瞬いた。
「貴方の言っている事は理解出来ません。貴方がどうして僕の中に踏み込んで来ようとするのかも理解出来ません。貴方がそうしてくる度、対応に困ります。出来る事なら関わりたくないと思う程、貴方が苦手です」
 頭の中をかき回すのがサカキなら、胸の内をかき回すのはリンドウだ、とセンカは思う。彼の、酷く人間的な言葉は熱い程の熱をもってこの身の何かを溶かすのだ。世界が変わりそうな熱が触れる瞬間、痛みすら感じないこの身が激情に温度を上げる。刹那、鮮やかに色付く世界。研ぎ澄まされる聴覚。視覚。思考。叫びに震える声帯が引き攣れる痛み。抑えられないそれは恐怖に似て、だからいつも貴方から牙を剥いて後ずさる。けれど、嗚呼、けれど、
「ですが、」
 言葉を切ったのは己を落ち着かせる為だった。口の中が乾く。勢いで言える程、自分は言葉に長けていない。考えて、いつでも考えて、選んで、膨大な時間と労力をかけて、それをしてすら、単語の一つ二つしか口に出来ない。欠陥品と言うに相応しい仕様。今も零しているのは脈絡の無い単なる我が侭だ。
 今から口にしようとする事は、その最たるものかもしれない。これを音にするのはとても怖いと思う。それでも、言わなければ伝わらないと、言っても良いのだと、鋼鉄の壁と薬品の匂いしか知らない自分に懲りずに手を差し伸べた誰かが教えてくれた。
 静かに言葉を待つこの雨宮リンドウという人間が無機物でしか有り得ないものの言葉を聞いてくれるのなら、おこがましくも伝えたいと思うものはこれしかない。
 毒を飲む思いを抱きながら、長い漆黒の前髪から覗く麹塵を、センカはついに見続けられなかった。

「ですが、嫌いでは…ありません…」

 目に映る床。耐え切れずに俯いてしまった自分。ぽつりとしか零せなかった言葉は大気を震わせる事が出来ただろうか。散々、好き勝手行動した自分を、彼はどう見ているだろう。
 なんて身の程を弁えない言葉。無機物が、汚らわしい。
 桃花の唇を綺麗に生え揃った白い歯が食んだ刹那、押し殺した笑い声が耳朶を撫でた。見れば、何がそうさせているのか、酷く嬉しそうに笑う男の顔。
「…それが、お前の伝えたかった事か?」
「……はい」
 昨日と同じ言葉が違う口から紡がれる。まるで言葉遊びのような錯覚に陥らせる彼は何故、こんなにも嬉しそうに、悪戯な笑みを浮かべているのだろう。
 呆然と鈴の音を零す銀色を眺め、満足そうに頷いた男の黒髪がさらりと揺れた。
「そうか。なら、俺もはっきりさせなきゃな」
 この際、嘘も誤魔化しもおふざけも無しだ。口の端を吊り上げて笑うリンドウの瞳が熱を宿して白藍を捕らえる。
 香る煙草の匂いに痺れたのは身体か、それ以外の何かか。

「お前が好きだ」

 簡潔すぎる言葉は疑う余地も無く。静かに、静かに、しかし、ゆっくり、確実に、言葉を身に染み込ませた銀色の、空の色が見開いていく。正確に意味を読み取った彼に伸ばされた男の手が触れるのは月光の一房。
「俺がお前に何か伝えようとするのも、必要以上に近付こうとするのも、お前が好きだからだ。お前が好きだから分かって欲しいし、頼って欲しい。もっと色々言って欲しい。お前の全てを、一つ残らず知りたいと思う」
 手袋に包まれた無骨な指に絡めた銀糸がするりと解ければ、散る燐光が白い頬を滑る。
 この愛しさをどう伝えれば良いだろう?この狂おしさを、言葉だけでどれだけ伝えられるだろう?珍しく目に見えて驚愕する銀色は己がどれだけこの心を掴んで離さないのか分かっていないのだ。今も、この胸を焦がす恋情を更に激しく燃え上がらせたのに気付いていない。今にも泣きそうな辛い顔で「嫌いではない」だなんて、そんな事を言われたら一も二も無く抱き締めたくなる。抱き締めて、閉じ込めて、もっとその胸の内を言葉にしても良いのだと囁きながら、滑らかな背を撫でてやりたくなる。自分を無機物だと思い込んでいる彼は、その言葉を聞けない事の方が苦しいだなんて、夢にも思わないのだろう。違う個体を理解出来ないと言うのなら、その分、言葉を伝えればいいのだ。
 くだらない固定観念を根本からぶち壊して傍にいてやりたいと思うのは、彼を手に入れたい自分の勝手な汚い想いだけれど、この激しい想いは綺麗なものばかりには到底、なれない。
 指先だけを触れさせた頬に落ちる、己の影。彼の肌の上にあるというだけで湧き上がるものがあるというのは実に浅ましいとリンドウは脳裏で嗤った。
「少しずつでも話をしてくれるのはいつでも嬉しかったが、嫌いじゃないって言ってくれたのは正直、今までで一番嬉しかった」
 自分は、今、欲望を隠していられているだろうか。言葉にする想いは欠片も嘘ではないが、吐息が熱を孕んでいないか心配だ。彼はどうやらそう言う事に聡いようだから。
 考えて、思わず首を擡げそうな黒い感情を捻じ伏せる。――――彼はそれにも聡い。ぱちりと瞬いた双眸が刹那、怪訝な影を過ぎらせたのが証拠だ。
 誤魔化すように笑い、男は柔らかな銀色の髪に指を差し込んで軽く乱してやった。
「ま、兎に角そう言う事だ。これからしっかり口説きにかかってやるから覚悟しろよ?」
 これだけ明確に伝えたなら最早、手加減など必要ない。攻めて攻めて押し倒すまでだ。攻城戦上等。長期戦上等。もとより直ぐに手に入るとは思っていないのだから何の苦があろうか。流石にこんなに早く想いを伝える事になるとは思わなかったが、伝える時期が早まっただけで、寧ろ好都合。宣戦布告しておけばいつ甘い言葉を囁いたとしても、少なくとも突然喧嘩になるような事はないだろう。まあ、逃げられるか、弾の一発は飛んでくるだろうが。
 とりあえず、篭手始めに、如何に自分がセンカを愛しているかを知って貰おうか。
 にやりと笑う黒獣の唇が呆然としたまま佇む銀色のそれに近付き、触れる寸前、不埒な獣は漸く我に返った第一部隊隊員にぶっ飛ばされた。



誰もついていけない、ある意味の大事件勃発。シメは新型さんを守り隊で獣をフルボッコ(酷)
ここからリンドウさんフルスロットルで参ります。もう隠したり、とんちんかんなアタックしたりしないんだぜ!自覚済みの押せ押せリンドウさんとわーわーしてる新型さんで追いかけっこです。最後はいつも新型さんの貞操を守り隊の総攻撃で隊長が撃退されます(ぇええ)
ああ、しかし、長かったですね。ここまで来て、やっと口説きモードのリンドウ隊長が出せる…!!(感涙)

2011/03/28