それはちょっと、あんまりです。
お父様は魔法使い
元来、温厚、温和、友好的で知られる第一部隊――例外が無くも無いが――が真なる憤怒を露にする様というのは、大変、珍しい。寧ろ、有り得ない、と、例えば、大森タツミ辺りなら声高に驚いて見せたかもしれない。だが、動かぬ体をまな板の上の鯉の如く褥に横たえたままのセンカは思うのだ。――――そんなの、大嘘だ、と。眼力で生き物を褥に縫い付けられる人間はそうそういるまい。
ずらりと綺麗な一列隊列でベッド脇に佇んだ面々の稀に見る華やかな微笑みは春の陽気を思わせる程に麗しく、けれど、きちんと空調が利いている筈の室内は春とは程遠い極寒だった。よくよく見なくても、微笑んだその顔の、にこりと笑みの形に細まる瞳が全く笑っていない。視線は例えるならば、煮え滾る溶岩の如く。
口火を切ったのは、凄腕スナイパー。
「ねえ、センカ」
「…はい」
「一緒に雨に打たれた事があったわよね?」
声音ばかりが優しげで、反対にこちらの胸がぶるりと震える。ぱちりと瞬きをし、辛うじて一度頷いたセンカの返答を受け、満足げに頷いたサクヤの隣から、今度はアリサが口を開いた。
「大怪我負った事もありましたよね?」
これにも、頷きを一つ。
「雪の中を走り回った事もあったよな!」
両手を腰に当てたコウタが言えば、その隣から仏頂面――彼だけは笑っていない――の強襲兵曹長が言葉を紡ぐ。
「廊下でぶっ倒れてた事もあったな」
死体みたいだった。呟いたソーマに思わず呻きが漏れた。
「…その節は、大変、ご迷惑を…」
「全くだ」
一つ一つに律儀に頷くセンカにちくちく針を刺し、時に、ばっさり切りながら、あれがあった、これがあったと口々に言う面々に、勿論、彼自身は反論出来ようはずもない。センカの枕元に佇むリンドウはレンギョウを脚に纏わりつかせてにやにや笑うだけで、助力など期待するだけ無駄だろう。何せ、この状況に追い込んだのが、第一部隊を呼び寄せ、顛末をばらした隊長自身なのだから、この展開は寧ろ、彼の望むものなのだ。全く、趣味が悪い。が、今回の件については自分にも非がある、とセンカは腹を括っていた。
以前であれば、何の問題があるのか、と思っていただろう。それが変わり始めたのは、良くも悪くも見上げるばかりのこの黒髪の男に会ってからだ。
人に接する事。人として在るという事。決して人にはなれない自分に、せめて、人に似た感覚を与えた人。例えば、嫌悪。恐怖。安堵や安心。シックザールがどう言おうと、きっと、彼の言う通り、人はシンプルには生きられないのだ。身体が動くようになったら、サカキに話に行くのも良いかもしれない。さて、どんな顔をするだろう?
「センカさん!聞いてますか!?身体が弱いのを隠してたとか…もう!信じられないです!暫く、ベッドの上で生活して貰いますからね!反省して下さい!」
「あ、すみません…」
身を乗り出して、今度こそ頬を膨らませたアリサに叱咤されて意識が思考の海から汲み上げられる。途端、耳朶を擽る含み笑いに、センカは視線を上げた。
見上げれば、喉を鳴らして笑うリンドウの姿。
「センカー、あんまりぼーっとしてると説教が長引くぞ?」
楽しんでいる。とても楽しんでいる。確かにこの事態は仕方が無い事かもしれないが、それはあんまりじゃないだろうか。笑い続けるその様が酷く、悔しくて、のそりと動いたセンカの手がぎゅう、と剥き出しの逞しい腕を思い切り抓れば、いてぇ、と大袈裟に叫んだ男が飛び退る。
一矢報いて満足したのか、またもそもそと布団の中に手を引っ込めた銀色の額を指で小突いて仕返しを果たしたリンドウはそのまま煌く銀糸に指を指し込み、軽く乱した。さらり、流れる月の色。
「まあ、その辺りの話はまた今度にするとして、だ」
「良くないですよ!サカキ博士が来てくれなかったら今頃、どうなってたか…!」
「そう、そこだ」
燐光を散らす毛先を遊んで離れた指で、一際大きく声を上げた少年を指す。目を丸めたコウタ達を置いて、リンドウの視線は横たわる銀色へと落ちた。
「センカ、単刀直入に聞くぞ?サカキ博士とはどういう関係なんだ?」
「……ご存知かと思いましたが」
レンギョウの一件の際、リンドウとサカキの間でそういった会話があった事をサカキから聞いている。それで解決したものだとばかり思っていたが、他に何かあるのだろうか。リンドウの言い回しから、それがあまり深い意味ではない事は理解出来る。この場でこうして訊くという事は一般的な認識として、どう解釈すれば良いのか、という意味だろう。しかし、一般的な認識に当て嵌められる程、サカキと自分の関係が明瞭且つ限定的かと言えば答えは否だ。自分達の関係は酷く曖昧で、ともすれば、秋空の雲よりもおぼろげだとも言える。
どう答えるか。眉間に一筋、線を刻んだ銀色を眺めた麹塵が笑む。
「今度、こういう事があった時の為にもこの際、はっきりさせようと思ってな。難しく考えなくて良いぞ。ちなみに、俺は『保護者』だって聞いてるんだが?」
親子みたいなもんだな、と続けたリンドウに目を丸めたサクヤ達の中、一人、違う反応をした少年だけが手を上げた。
「あれ?俺、『主治医』みたいなものだと思ってたんだけど…お、おとーさん?」
「おお。俺はそう聞いてるぞ?血は繋がってないらしいが…」
あっさりと返す隊長に、全員が床を眺めて考え込む。
ペイラー・榊の養子。色々な意味で衝撃的な肩書きだ。父。あれが、父。義父とはいえ、あのマッドが付く科学者といって差し支えないあれが、父。件の男の特徴でもある、全く掴めない口調と糸目の笑顔を思い描き、思わず、それぞれ、微妙な視線を銀色に向けた一同は、脳裏で呟いた事だけが一言一句違わず同じだった。曰く――――あれに似なくて良かった、と。
それを感じ取ったかどうかは定かではないが、対抗するように首を動かしたセンカは、眉間の皺を一本増やした。
「……間違ってはいませんが…皆さん、少し、失礼です……」
ちなみに『保護者』も『主治医』も全くその通りです。
さらりと続けた銀色に皆がぐったりと項垂れたのは言うまでも無い。
第一部隊に病弱がバレちゃったよ、の巻。仲間思いスキル持ちの面々はちょう御冠です。「お前、何で先に言わねえんだよ!」みたいな。
思えば、雨に打たれたり雪に打たれたり大怪我したり埃っぽい所にいたりと健康にはとても悪そうな行動しかしていない新型さんなので、病弱だとは夢にも思わない訳で…隊長が説明した瞬間、全員青褪めて直後、激怒したんだと思います。笑いながらマグマを煮え滾らせる美形集団、こえぇぇ…。耐性があったのは吐血場面に遭遇しているコウタさんと、発熱昏倒場面に遭遇しているソーマさんくらいで、他三人は衝撃的事実だったんじゃないかと。
そりゃあ、余計に怒るわ(あっさり)
ちなみに、この後、新型さんと離れたくないリンドウさんの代わりにサクヤさん経由でツバキ姐さんに伝わり、新型さんは再度、怒られます。
2011/05/28 |