「久しぶり。元気だった?…なんて、訊くのは野暮かしらね」
あれ程、開口一番の言葉を考えていた癖に、いざその時になって口から滑り出たのは酷く月並みなものだった。
夜明けの階
サクヤさん、と一言、霞の如く名を呼んで、呆然と目を見開いたまま硬直してしまった病院着姿のアリサの顔は少しやつれて見える。艶やかだったはずの唇は乾いてかさかさで、泣き腫らした目はぼんやりと熱を持っているようだ。――――あまりにも、自分が知る彼女とは違ってしまっている、とサクヤは思う。決してはそれは侮蔑ではなく、哀れみでもなく、ただの客観的な感想だったけれども、まるで見下してしまったかのような居心地の悪さに彼女は顔を顰めた。
ぼろぼろの顔。痛んだ髪。怯えた瞳。堂々とした態度から、ある種、華やかな印象すらあったアリサの今の状態は、惨状とも言って良いものかもしれない。脳裏でそう呟いて、口には出さないまま、サクヤの手が傍らの丸椅子を引っ張る。
褥の傍に寄せた椅子に腰を下ろすサクヤの動きを目で追い、シーツの上を数ミリ後ずさったアリサの視線は数瞬、惑った後、少し細くなってしまった己の手を見て止まった。
「…こんな所に…何をしにいらっしゃったんですか?」
本当に、何をしに来たのか。そんな問いが最早、愚問であるような気さえする。自分がしてしまった事は裏切り以外の何物でもなく、リンドウの幼馴染であるサクヤに罵詈雑言を浴びせられても致し方ないとアリサは理解していた。寧ろ、この日まで彼女が病室に殴りこんで来なかったのが不思議な程で、部屋を出たばかりのコウタが忘れ物でもしたのかと向けた視線の先でサクヤを見つけた時、嗚呼、ついにこの日が来たのだ、と覚悟の固唾を飲んだくらいだ。
何を、言われるのだろう。人殺し、裏切り者、お前さえ居なければ。その辺りは確実に言われるに違いない。
俯いたアリサの横顔を眺めたサクヤの朱色が瞬き、ゆるりと口が開く。
「…大丈夫。貴方を責めるつもりで来たわけじゃないわ。…その…あの日あの瞬間、貴方に起こった事を聞きに来たのよ」
「……え?…」
殊更、緩慢な仕草で顔を上げ、視線を合わせる青色が不安と疑念に揺れているのを認めて、サクヤは目元を少しだけ緩めた。
「本当は貴方のした事にはまだ納得出来ない。でも、だからこそ、そこにある違和感が何なのか知りたいの」
辛いお願いをしているのは承知の上よ。そう言って言葉を切った朱の双眸があまりに真っ直ぐに視線を捉えて、アリサの青色が揺らぎを止める。薄い掛布を、きゅ、と握る彼女の白い手がふるりと震え、開かれないまま、戦慄く身体を隠すように薄布を引き寄せた。
実の所、あの日、あの時、何があったのかなど、こちらが聞きたいというのが本音だ。順を追って当時を思い出す事すら難しい自分には、サクヤが求めるものを上手く伝えられるとは思えない。加えて、戸惑う理由には、本当に当時の事を聞く為だけに、この諸悪の根源とも言える者がのうのうと生き延びる場所へ足を運んだのかという疑念もあった。――――リンドウの幼馴染であったサクヤ。今、こうして穏やかに話を切り出す彼女がアリサに対して仄暗い感情を抱いていないとは言い切れないのだ。
今にも朱の双眸が苛烈な憎悪を宿し、罵倒が鋭い刃の如く身を裂くかもしれない。仕方が無いと諦めながら、けれど、それを恐れる自分がいる。なんて自分勝手で傲慢な考え。
ベッドの上を彷徨う事も億劫な重い手足が、まるでずぶずぶと沼に沈むようだ。抜け出せない後悔と自己嫌悪の沼。或いは、それは絶望であったかもしれない。沈み、窒息するような感覚に息をつめると同時に、そこからの脱却を望む感情がこみ上げて、矛盾と焦りにアリサは戦慄く唇を引き結んだ。
だめだ、と思う。そのまま沈んで、失せてしまってはだめだ、と。それは本当に彼らを裏切る事になってしまう。
小刻みに揺れる身体を抱いて思い出すのはあの情景の、最後の場面だ。リンドウが退避を命じていて、そして、共に離脱すると思っていたセンカがプリティヴィ・マータの群れの中に一人、残った場面。
濛々と埃を巻き上げる瓦礫の映像と白い巨体の向こう側に見える細い銀色の映像が矢鱈と印象に残っていて、夢でまで再生されるその映像を見る度、悲鳴を上げて飛び起きた。そうして、点滴を引き千切る勢いで腕から抜きながらこう叫ぶ。――――ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるして、ちがうの、ごめんなさい、ごめんなさい。
こうして話が出来るまでになる前に何度、そうして目を覚ましたか分からないが、一度、コウタがその現場に出くわして止めに入ってくれた事があった。暴れる手足を他の医者と共に押さえつけながら、リンドウさんもセンカもそんな事で怒ったりしない、アリサがいつまでもこんな状態でいる方が怒るよ、と打たれた鎮静剤が効き始める間に何度も言ってくれたのを微かに覚えている。霞む意識の中で、なんでもないふりしてるけど、サクヤさんもソーマも心配してるんだ、と言って、それから、早く元気になれよ、と笑ってくれた。その暖かな笑顔に絶望とは違う涙が溢れた。
そんな彼の…彼等の思いを無視してこのまま暗い沼に落ちて行く訳にはいかない。この不甲斐無い自分に手を差し伸べて引き摺り出そうとしてくれる優しさを無駄にする訳にはいかない。複雑な思いを抱いて、それでも、向き合ってくれるサクヤの勇気を、その手を、掴まなければ。否、掴みたいと、思う。立ち上がる為に。己が己であろうとする為に。まだ脆くても、数歩も歩けなくても、格好悪く情け無い様で、四つん這いで這い蹲ってでしか前に進めなくても、いつかまたこの二本足で大地に立てるように。
時計の針が奏でる微かな時の足音だけが満ちる部屋の中、少しだけ滲んだ視界を緩やかな瞬きで拭った少女は唇をもう一度、きつく引き結び、傍らに座る女を真っ直ぐに見つめた。怯えまでは拭えなかった視線に返る、真剣な、けれど、優しげなそれに知らず、安堵の息が洩れる。
「……私が、定期的にメンタルケアを受けているのはご存知ですか?」
「ええ、知っているわ。昔の話も、コウタから聞いてる」
思ったよりもしっかり言葉が紡げたのは自分でも意外だったが、それ以上に自分を救ったのはサクヤの冷静な反応だった。
頷くサクヤの優しげな言い回しは明らかに言葉を選んでくれていて、この分ならば、どうやら皆までは言わなくて済みそうだ。正直な所、両親の件から始まるこの話は、まだ、あまり平常心では語れない。彼女が概要を知っていて、尚且つ、それを再度、この口から言わせようとしなかったのは実に有難い事だった。彼女に話したという事はコウタもこの展開をある程度読めていたのだろうか?そうであれば、先に彼女に伝えてくれた彼には礼の一言でも言わなければいけないかもしれない。
胸中で呟きながら、懸命に張り詰めた気を緩めずにアリサは続ける。
「両親が殺されてから数年間、私は精神不安定な状態で病院生活をしていました。でもある日、フェンリルから新型適応者候補として選ばれたと連絡が入って……それで、それまでの病院から無理矢理、フェンリルの付属病院に移送されたんです」
その日は忘れもしない。まさに青天の霹靂。新型適応者などという言葉を正しく理解し切れないまま、喚く暇も無く迎えの車に押し込められ、気がつけば新しい部屋の天井を眺めていた。まるで嵐のような移送だったと思う。担当していた医師が戦場に立てる精神状態ではないと叫ぶ声を聞いた気がしたが、いまや、一、製薬会社から人類の防衛機関にまで発展したフェンリルの前では蟻の咆哮だったのだろう。迎えに来た者達はそれに耳を貸す素振りなど微塵も見せなかったように思う。
いい人達だった。傷付いたアリサを根気強く、心を込めて癒して、話が出来るまで待ってくれた、最初の病院の医師。
「そうだったの…」
一息に紡ぎ、深く息を吸った少女の横顔を見ながら、サクヤは溜め息のような囁きを返した。アリサの過去をコウタから聞いていたとはいえ、実際に聞くとかける言葉に迷う。コウタから聞いたのは彼女の両親がアラガミに捕食されたという部分だけであったから、彼は病院の移送については知らないかもしれない。
それにしても、両親が捕食される様を目の前で見てしまった傷心の少女を、その傷が癒えないまま戦場へ連れ出すなど、なんと横暴な事か。いくら人類の為とはいえ、人を人と見ないような扱いは人道に反する行いだ。許し難い蛮行である。
細い眉を僅かに吊り上げ、顔を顰めたサクヤに、しかし、当のアリサは首を振って言葉を重ねた。
「いえ、良いんです。新しい先生は良くしてくれたし…これで両親の仇が討てると思ったから…」
「アリサ…」
力の籠った声色は、真実、それが彼女が武器を持つ目的だからに他ならないだろう。失った何かを埋めるものに、彼女は憎しみを選んだ。立ち上がる杖に、命を奪う刃を選んだ。歩く理由は未来の為ではなく、過去の為に。そうして、彼女は崩れ落ちそうな断崖絶壁で己を保ってきたのだ。それが間違っているとは言わない。誰しも、どうしようもないものがある。彼女の場合、激しい憎しみでしか立ち上がれなかった。それだけの話だ。
そして、己もその片鱗を抱いている。静かに胸の内で言葉を紡いだサクヤの朱色を見つめる先で青空の色が、長い睫毛をはたりとはためかせた。――――憎しみに駆られていたにしては、綺麗な瞳だと思う。果たして自分は、そんな瞳をしているだろうか?
思い、始めよりもしっかりとしてきた声音に耳を傾ける。
「それからは症状を薬で抑えながら、敵の事、戦い方の事を勉強しました。…フェンリルにいた新しい先生はとっても優しかったんです。…この極東支部にも一緒に赴任してきてくれて…」
そこで、サクヤの目が訝しげに細まった。――――フェンリルにいた新しい先生。アリサのメンタルケアを担当している医師。その医師は、彼女と共に極東支部に赴任して来たという。
「その先生は、今もアナグラに居るって事ね?」
「はい。皆さんも知ってる、オオグルマ先生ですよ」
「…そう…」
オオグルマ。名前だけであれば、知っている。最近、赴任してきた医師だ。精神面専門だと聞いていたが、まさかアリサの担当医だったとは。
単純に考えて、確かに、精神面において不安のある人物の医師を頻繁に代える事は望ましくない。しかし、赴任してきたばかりのアリサを思い起こすに、担当医を代えたとして、それまでのカルテさえあれば問題無く対応出来た筈だ。それくらい、彼女は「正常に見えた」。任務でも動揺している様子はどこにも無く、あの時もトラウマさえなければ冷静にリンドウの援護をしていただろう。
それが、何故、態々、ロシア支部の医師までもが彼女について赴任してこなければならなかったのか。
訝しげな吐息を漏らして黙したサクヤに、アリサが不思議そうに首を傾げる。――――そうだ。話はまだ途中。考えるのは後だ。
「ごめんなさい、続けて?」
取り繕った笑みに気付かなかった訳でもないだろうに、青い瞳を一度瞬かせた彼女は、はい、と頷いた。
「メンタルケアを続けながら、先生が教えてくれた両親の仇のアラガミをずっと探してました。極東支部エリアにそいつが出没するって情報を貰って、絶対見つけ出してやるって思いながら赴任して…やっと……やっと見つけたと思ったのに…!」
高く上がる声。
思えば、高飛車な彼女の態度は怯えから来ていたのかもしれない。知らない人、知らない土地、特異な環境、死線を潜る毎日。そんな日々の中でその「先生」は彼女にとって唯一の味方だったのだ。同じ部隊でありながら、味方になりきれなかった自分達とは違う枠組みの人物。対する自分達は同じ部隊の仕事の仲間ではあったけれど、気を許せる味方ではなかったのだろう。もしも、自分が、或いは、他の誰かが彼女に味方だと認識されていたなら―――夢想しかけて、サクヤは僅かに首を振った。時は戻らない。それは自然の摂理だ。
刹那、外した視線を戻せば、あの瞬間に記憶が近付くにつれて、感情が昂り始めたアリサの苛烈に燃える寒色の双眸が揺れていた。震えだす手。身体。ベッドのスプリングがきしりと啼く。
「何故か分からないけど、あの瞬間、私の頭の中でリンドウさんその仇になってて…」
怖くて堪らなかったあの時、口の中で先生から教えてもらった「魔法の言葉」を呟いた。アジン・ドゥヴァ・トゥリー、と。
それだけで強くなれる。仇のアラガミがどれだったのかを示しながら先生はそう言った。強くなれば両親の仇を討てる。アジン・ドゥヴァ・トゥリー、アジン・ドゥヴァ・トゥリー。これが悪いやつだ、と言いながら先生は教えてくれた。アジン・ドゥヴァ・トゥリー、アジン・ドゥヴァ・トゥリー。強くなれるよう、先生の言う通りにちゃんと紡いだのに。それなのに、銃口が向いた先はアラガミではなかった。
黒髪の、長身。手にした赤い神機。茶色のフェンリル式上官衣。高く鳴るブーツ。アリサ、と呼びかける声。その人は違う。違う。違う!
「気がついたら、彼に向かって、銃を…!!」
細い悲鳴が喉を潰す。頭を抱え、小さな身体は小刻みに震えた。
ぱちりと火花が散るように頭の中で光が瞬いて、そうしてまた思い出すのはあの時の光景だ。ゆらりと狙いを定めた銃口。照準の先に確かにリンドウを見た。駄目だ駄目だと思う意思に反して指先は引き金を緩やかに引き始め、動かない身体は銃口を上官に向けたまま。やめて、と叫んだのは己にだった。いや、やめて、その人を殺さないで。叫んだつもりで、言葉にならず、咄嗟に上に向けた銃が天井を貫き、結果、リンドウをあの地獄へ閉じ込める事になったのだ。結局は、自分が殺したのと変わらない。
「ああ…ごめんなさい、ごめんなさい…違うの…私、私…!!」
「アリサ…アリサ、もういいわ。ありがとう」
「うああ……っ…ひっ…ひぅっ……」
引き攣った嗚咽を漏らす少女を抱き寄せたサクヤは少しぱさついた銀髪に頬を寄せた。
ありがとう、ありがとう、ごめんなさい、ありがとう。囁いて、怯える子兎のように戦慄く身体に触れ、その背を撫でながら、暴れ出す事だけは抑えた彼女の精神力は彼女自身が思うよりもずっと強いのかもしれない、と思う。
オオグルマが長い年月をかけてアリサに何かしらの暗示をかけていたのなら、それに抗うのはほぼ不可能と言ってよかった筈だ。それでもリンドウを撃たず、こうして話までしてくれるのは、彼女が確かな強さを持っているからに他ならない。きっと、程なくこの状態からも復帰して、病室以外の場所で顔を見せてくれるだろう。いつか、胸の奥深くに根付くトラウマにも打ち勝ってくれると信じている。心配しているコウタにも教えてあげなければ。
ふと、自分が立ち直るきっかけを齎した彼の事を思い出して、嗚呼、そういえば彼女にも教えてあげなければ、と思い立った。もとより、それも話すつもりで来たのだ。情報量に押されて大事な事をすっかり忘れていた。
アリサの細い身体を抱き締めながら、仄かな笑みを口元に刷いた彼女の手が止まる。
「ねえ、アリサ。覚えてる?」
「……え…」
突然、話を変えられ、ついて行けなかったアリサが首を動かして見上げた視界で、黒髪を揺らしたサクヤは困ったように笑っていた。それは綺麗に笑おうとして、失敗したのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。ただ、目の前の現実として、彼女は困ったように笑っていた。わかるのは、それが決して無理をした笑みではなかったという事だ。
そんな笑みを浮かべて、彼女は言う。さらりと、当たり前のように。
「リンドウもセンカも大事な事は何一つ言わなかったけど、嘘だけはついた事、無いのよ」
次の瞬間、サクヤの前で僅かに、夜が明けた気がした。
大きな青い目が、更に大きく、まあるく、まあるく、見開き、それと並行して、涙が湧き出す。潤んで、溢れて、零れて伝う感情の滴。それだけで、言葉の意味する所は確かに正しく彼女へ届いたのだと分かる。
俄かに光を宿した双眸が、滲む視界を鮮明にしようとしきりに瞬いて涙を落とす姿は傷を負った羽で空を目指す鳥に似て頼り無く、しかし、決して弱々しくは無かった。たが、まだ飛べはしない。飛ぶにはまだ傷が深すぎて、だから、サクヤはその手を握り、抱き締めて、そっと優しく語り掛ける。それは、これだけ大口を叩いておきながら、未だに飛べない自分の為でもあったかもしれない。刹那、洩れるのは自嘲だ。
「私が此処に来たきっかけなんだけど…実はコウタが発破をかけに来たの。彼ったら得意な顔で言うのよ?二人とも嘘ついた事無い、って。皆、知ってるのにね。…でも、当たり前の…わかりきった事だった筈なのに、忘れて、信じられなくなっていたのね。ちょっと考えれば分かる事だったのに…気が付いたらソーマも立ち直ってるし、センカの父親代わりだって言ってたサカキ博士なんて、新薬を作ってみたよ、なんて嬉しそうに言ってくるのよ?愕然としちゃったわ」
あの時を思い出せば、もう、情けなくて笑うより仕方が無い。だって、自分はあんなにうじうじしていて、けれど、年下であるはずのコウタはあっさりそのうじうじした自分を、ぴん、と立たせて見せたのだ。気が付けば、いつまでも塞ぎ込んでいるのは自分とアリサだけ。全く、情けない話である。第一部隊サブリーダーの名が泣くというもの。この事実を知れば、十中八九、リンドウとセンカに怒られてしまう。
アリサにこの話を切り出す時に、どうしても困ったような笑いになってしまったのはその所為だ。
真っ直ぐに見つめてくる青い瞳を見返し、彼女は今度こそ綺麗に笑って見せた。
「アリサ。貴方も彼らに言えなかった事があるかもしれないけど、私も沢山あるわ。ごめんなさいも、ありがとうも、まだ一つも伝えてないの。だから、一緒に言いに行きましょ」
此処を抜け出して、大きな空の、太陽の下で。ごめんなさい。ありがとう。そして、出来れば、おかえりなさい、を。あの時、言えなかった事を、片っ端から。一人では行けないから、一緒に。
「だって、あの子、アナグラで会いましょう、って言ったのよ?」
そうでしょう?確認する言葉には、すぐに大きく首肯が返った。――――嗚呼、彼女もわかっているのだ。ちゃんと。
恐慌とは違う意味でまた震え始めた小さな体の、冷えて罅割れてしまった心まで温められるよう願いを込めて腕の力を強めれば、抑えきれない掠れた嗚咽が白ばかりの部屋に響く。抱き締めるサクヤの肌に当たり、弾けて溶けていくのは、ぽろぽろと落ちる涙雨。
白熱灯の下、寄り添う二人は縋りあっているようにすら見えたかもしれない。
暖かな腕の中、アリサはただ只管、泣いて頷き、嗚咽を洩らしながらも確かな声で応えた。
「…っ、はいっ……はい…っ……!!」
いつか必ず空を飛ぶ。この暗い檻から抜け出して。
そして、それはきっと、そう遠い未来の話ではないのだ。
更に勇気を出してみたサクヤさん、中ボスに挑むの巻(色々、ぶち壊し!)
この場面は原作でも沈黙する箇所が多かったような気がするのですが、作中ではその描写がいまいちなかったので勝手に妄想です。アリサさんの覚悟とか、その覚悟がぶち壊れちゃった反動とか、崩れちゃった後に手を伸ばしてくれる人の手を掴む勇気とその思いとか。サクヤさんが来てから、自分の身の上を話すまでにある沈黙の中には色々、そういうものもあったんじゃないかと思う訳です。
対するサクヤさんもアリサさんの話を聞くにあたっての気持ちの構えとか、真相の片鱗を掴んだ瞬間の閃きとか、アリサさんへの労わりとか、そんな所をもっと原作で出してみても良かったんじゃないかなぁと思ったので、こんな感じになりました。
あとは、二人のリン主に対する信頼ですね。やっぱり思考の切り替えはしておいて欲しいので「アイテム:コウタの言葉」を此処でも使用しました(笑)効果は抜群。何回でも使える便利アイテム。
よし、これで何とか全員立ち直った ぞ !
2011/09/22 |