目を覚ましたら、いつものように。
リンクエイド
それは救急救命だと思っている。勿論、それは間違ってはいないし、それが無ければ自分は今頃、アラガミの血肉になっている筈だ。機械的な認識で判断を下すなら、それをしない事による戦力の低下は任務遂行の大きな痛手になる。――――リンクエイド。人がそう呼ぶ行為は真に命綱だと言えるのだろう。
だが、これは本当に救命だろうか?薄れそうな意識が辛うじて現実に追いすがっているのは一重に自分の貞操を守る為なんじゃないかと、生存本能が囁いた。
「おーい、生きてるかー?」
ぽんぽんぽん。優しく、撫でるように叩いてくる手のひらの感触。
静けさを取り戻した鉄塔の森で、生きている事実を確かめられるのはこの手の感触だけだ。――――そこまで考えて、嗚呼、自分は今、死に掛けていて、けれど、今度も死ななかったのだ、と脳裏で呟く。そもそも、そういった行為が出来る事こそ生きている証なのだ。
ぽんぽんぽん。リンクエイドの仕草を繰り返しているわりに、未だに叩いてくる手がいまいち現実味を帯びてこない事に、血塗れた手で神機を握り直そうとした彼は漸く気付いた。
ぽんぽんぽん。叩く場所が、気になる。
「…………あ、の…」
ぽんぽんぽん。腰の、下の方。
「おー、生きてたか。ま、死んでたら俺もここまで暢気にしてないけどな」
ぽんぽんぽん。そこは、所謂、臀部とか尻とか呼ばれる場所で。
「…………どこを、触っておら、れるん…でしょう…か?」
ぽん。横向きに倒れたまま、息も絶え絶えに苦しげに問うてくる様にリンドウの動きが止まる。同時に、じわりと尻に滲んだ暖かな体温に、センカの顔が殊更、歪んだ。
所々が赤黒い血で絡まった銀色の髪が冷たい金属の床に散る様は嗜虐心をそそる光景だと、白藍の双眸を見返したリンドウは思う。横たわる彼自身の禁欲的な性格に反する色欲的な容姿がそうさせるのだろう。しかし、本人にその自覚が無いのは中々に問題だ。今も、いつものセクハラ紛い――リンドウとしてはこれは愛情表現の一環な訳だが、一向にそうと認識されない――の行為に抗議の眼光を送ったつもりなのだろうが、血を吐く唇まで艶かしく映るようではこのまま此処で美味しく頂いてくれと懇願しているようなものだ。
戦闘後も後を引く高揚感から、少しばかり疼いた下半身を酷く浅ましく思いながら、けれど、柔らかなそこに触れる手だけは懸命に偽善的な無害さを装った。
ぽんぽん。柔らかくて、弾力のある、触り心地で言えば最上級の。
「イイ尻してるなぁ、お前」
安産型?爽やかに笑うこの人が部隊長だなんて、誰が思うのだろう!軽く叩いてくるだけならまだしも――否、全く良くはないが――形を辿るように撫でて来られた日には流石の新型神機使いも鉄面皮と評判の無表情が崩れる。――嗚呼、今日はなんて厄日!
「ちょ、さわ、らな…」
「触らないとリンクエイド出来ないだろ?」
「その触り方は…ちがっ…!ごほっ、けふっ…っく…」
声を張り上げようと腹に力を込めて喉に上ったものに脳が、失敗した、と囁く前に――――鮮血が唇を割った。酸素の回らない頭でぐらぐら揺れる視界の中で見えるのは、見開く麹塵。
そうだ。自分は今、死に掛けていたのだ。
「おいおい、傷が深いんだからあまり無理するな。ちゃんとリンクエイドしてやるから」
初めからそうすればこうなる事もなかったのに。思いながら、こぽりこぽりと喉を逆流してくる血を吐き出すばかりのセンカには全身でか細い呼吸をする事しか返せるものがない。ちかちか明滅する光は意識を失うまでの数を数えているかの如く、一度光る度、身体の力を奪っていく。――これは、まずい。
一つ、二つ、光が視界を霞ませて、最後に認識出来たのは、冷えた身体を包む暖かな何かと血で潤った唇に触れた吐息。
そっと、流れ込むように自分の中の何かが腕に抱き上げた存在へ流れて行くのがわかる。血の味すら甘く感じる彼の唇から名残惜しげに己のそれを離せば、青褪めた頬に少しばかり血の気が戻っているのが見えた。もう大丈夫だろう。
密かにもれた安堵の息に力を奪われて、細い身体をきつく抱きしめたリンドウの顔が眠りに落ちた彼の肩に埋もれる。
危なかった。本当に。飄々としたいつもの自分を保つのがあまりに難しすぎる程、彼の有様は酷くて。じわりと広がる血液の溜まりに酷く動揺した。鉄の匂いに沈む白い肌と銀の髪。力無く閉ざされた白藍に喉が引き攣りもした。
自分から離れた位置でアラガミに張り飛ばされた彼の、折れそうに華奢な身体が宙を舞い、硬い地面に叩きつけられるまでの光景は思い出すだけで心臓が凍りつく。
あの後の事は正直、あまり覚えていなかった。どうやら平静を失っていたらしい、と気付いたのは相手の脳天に神機を突き刺した時で…苦戦していたはずのアラガミは恰も紙を切り刻んだかのように見るも無残な姿だった…と思う。いつも比較的「見るも無残な姿」で終わりを迎えるから、所謂、当社比、というやつでしかないが。
耳障りな音を立てて床に崩れ落ちたそれを見下ろす自分の目は常では有り得ないくらい冷ややかだったに違いない。
「…ほんと、勘弁してくれ…」
乾く喉が、ひりりと痛い。痙攣している。
少しばかり無茶な戦い方をする彼に、頬に触れる僅かな体温が愛しいと、何度言えば、欠片でも伝わるのだろうか。こうしてただ抱きしめているだけで、その生を感じていられるだけで、泣き叫びそうなくらい嬉しいのだと、どうすれば伝わるのだろう。こうして、彼が気を失っていなければ縮められない距離を、どうしたら埋められるのだろう。
「……怖かったんだ…お前が、死ぬんじゃないかと思って」
細くなりそうな声音が慄きを語る。――彼が気を失っていなければ言えない言葉を、自分はどれだけこうして囁いてきたのか。
失う事に慣れたはずの自分が喪失に慄くのは、意外と臆病だからなのかもしれない。言えば、お前は首を傾げて、だからどうした、というのだろう。さも当たり前のような顔で。それとも、少しくらいは何か表情を浮かべて近くに来てくれるだろうか?嗚呼、それよりも…それよりも。
「目を覚ましたら、いつもみたいに呼んでくれ」
名前を呼んでくれ、とまで、言わないけれど、せめて、その声で。
堪えきれずに閉じた瞳から落ちた雨粒が、迎えのヘリの音が聞こえるまで静かに白い首筋を濡らしていた。
あれ?おかしいですね…セクハラリンドウ隊長の話だったはずなんですが…いつからこんな事に。
要はリンクエイドって恐ろしいよね、という話。死ぬ一歩手前とかぎりぎりすぎる。きっと蘇生前は軽くスプラッタでもおかしくなさそうです。
死に掛けの新型にセクハラするリンドウさんは軽く錯乱気味だったんですよ、多分(ぇええ)まあ、このSSの始まりはゲーム中にリンドウ隊長にリンクエイドされた際、どう見てもお尻ぽんぽんしているようにしか見えなかったからですけれども。あれは立派なセクハラです!(リンドウ氏に謝れ!)
後半についてはいくらリンクエイドあるからと言っても慣れないものがある時もあるよね、という…。
リンドウさんだって怖いものがあればイイですよ。
ちなみに、新型のお尻は一級品だと思います。勿論、名器な方向で(黙れ)
2010/05/21 |