mono   image
 Back

 これは事故だ!
 叫べど、誰にも届かない。――せめて人の話を聞かないか!?

接近戦

 彼らは決して仲が良いとは言えない。何故なら、片方が一方的に片方を避けているからだ。それが彼の性格といえばそれまでだが、避けられている方からすれば、嫌われているのだと判断するに十分な材料だった。無論、避けている本人に問えば、皆まで言わせず、首を力の限り横に振っただろうが、常の傍目から見ても避けているとしか言いようの無いそっけなさは弁解も空しいものになった筈だ。
 アトリエに居ても大して話す事も無く、食事を共に取る事も無く、ましてや、プライベートで会う事も無く。
 詰まる所、彼らの接点は無いに等しい。強いてあるといえば、同じアトリエに所属している、と。それくらいのものだろう。
 ロクシス・ローゼンクライツとヴェイン・アウレオルスは不仲である。噂を立てれば忽ち広がる程、違和感無く…それは最早、周知の事実だと言えたが――――今の彼らの状態を見たなら、また違った噂が立ちそうだった。

 曰く、ロクシス・ローゼンクライツとヴェイン・アウレオルスは恋仲である、と。

 ああ、本が崩れる。他人事のように思ってしまったのは目の前に青い瞳を零れるかと思う程に見開いた彼がいたからだろう。
 微妙な思い出プレイバックをしながら現実逃避をしているロクシスの頬を自分の物ではない吐息が掠める。それがまた湧き上がる妙な熱を煽っているのに、ただ呆然と目を瞬く彼は全く気づいていないに違いない。――微かに色付く唇に目が行きそうになるのを、ロクシスは今にも切れそうな理性で辛うじて堪えた。まじまじと見つめてしまえば、そこに食らい付いてしまいそうだ。
 アトリエにそこそこの量の本がそこかしこに積んであるのはどこも同じだろうとは思うが、それが自分目掛けて崩れ落ちてくるだなんて、誰が想像するだろう。まあ、有り得なくも無い話だが――とくにゼップル・クライバーの部屋は沢山の意味で筆舌にし難い――、いざ自分が被害者になってみると、何故こんな物がこんな所に積んであるのだと罵りたくなる。…ご都合主義も良い所だ。
 だが、今の状態はまさにそれだった。
 その日――言わずもがな、今日だが――は課題のために調べ物をしなければならず、資料室から大量の書物を借りてきた。その場で調べれば良いものだが、その日は何故か全員で持てる限りの本をアトリエに運び込んでしまった為、言うまでも無く、アトリエは書物だらけだ。…そこからして、間違っているが、そこから先も間違っている。
 調べ始めて数分。まずはフィロが用事で席を立ち、また数分も立たないうちにニケが立ってしまい、立て続けにグンナル、アンナ。パメラとムーペに至っては何時の間にか消えている始末。気づけば本だらけの珍しく静かなアトリエにはお世辞にも良い仲とはいえない二人が残った。無論、ロクシスとヴェインである。
 彼らの関係は前述した通り。ヴェインが話しかければロクシスの棘が刺さり、刺さればヴェインの気が落ちる。万年、毛を逆立てたハリネズミのようなロクシスの性格を思えば、全く意に解する必要も無い日常的な光景だが、刺されるヴェインにしてみれば、あまり気持ちの良い事ではないのは、これもまた彼の性格を考えれば想像に難くない。
 そんな二人が黙々と書物を調べる。そんなのが、和気藹々としている訳が無い。時計の音すら響く空間で張り詰めた空気が動いたのは意外と早い時間だったように思う。――収穫の無かった本を戻し、次の本を取ろうとしたヴェインの上にバランスを崩した本の山が襲い掛かったのだ。だが、そこで易々と下敷きにされるようではグンナルが泣く。持ち前の柔軟さを生かして身を翻したまでは良かった。…その先にロクシスが居なければ。
 後の展開は筆にしたためる必要も無いだろう。がっつりぶつかった二人はあれよあれよという間に避ける間も無く本に埋もれ、縺れるように倒れ込んだ。
 それが、今の状態である。
 補足しなければならないのは、倒れ込む際にロクシスが身体を反してヴェインを庇った事と、結果、気づけば彼を押し倒す形になっていた事で…それもどこを間違えたか、相手の手首を捉えてしまった上、脚の間に閉じ込めたものだから、見ようによってはロクシスが襲っているようにすら見える。
 物を受け渡す際の距離が精々だった二人は気まずい雰囲気を醸して固まるしかなかった。
 ロクシスの目の前の青がまた瞬く。驚いているのか――当たり前だが――常よりも大きく開いたそれが美しい物だと知ってはいたが、近づいたのは初めてで…ここまでだとは思わなかった。どうする事も出来ない。触れても彼は別段、抵抗はしないだろう。…だが、この距離が問題だった。近すぎる。
 視界に映る、床に散った銀の絹糸。その一筋一筋を数えられる程の近い距離。彼が息をすれば湿った吐息が頬を掠め、固唾を呑めば控えめな喉の動きが頤から首を伝う。何より、呆然と空いたままの唇からちらりと見える小さな舌が少し怯えたように動くのを見てしまえば、嫌が応でも湧き上がる熱を抑えるのに身体を固めるしかない。
 それがまたヴェインの緊張を度合いを上げる事になっているのだが、理性と戦うのに必死なロクシスは知る由も無いだろう。
 こくり、と喉を動かして、漸く小さな声が上がる。
「…ぁ、の……ごめん…」
「……いや、構わない…」
 何が?即座に自問したが、明確な答えは帰ってこない。
「えと……手…放して、くれる?」
 手首を捉える熱が上がる。或いは、捉えた手首が熱くなったのか。――火を噴く勢いで赤面したのは同時だった。
「す、すまない!!すぐに退く…」
「う、うん…」
 名残惜しく思いながらもロクシスが身体を動かした刹那―――がちゃっ。扉が開いた。
「あ。アンナ」
 開いて、止まった。
 アンナ・レムリ。彼らのアトリエ中、最年少の彼女は大変、真面目である。滅多な冗談を言えないくらいには真面目だ。硬いといえは硬いが、それが彼女の持ち味である事は確かで、面倒見が良いとも言えるその真面目さは彼女の愛嬌そのものでもあった。
 その彼女の目に今、映っているものはと言えば、先輩二人が崩れた本の中でばったりと倒れこんでいる様。通常なら、相応の惨事に見舞われた末の結果だと笑って終わらせるだろう。
 が、忘れてはいけない。彼女の特技は―――――思い込みである。
 大きく口を開けた彼女の口からぽつりと言葉が零れた。
「…は…」
「は?」
 起き損ねた所為で、方や押し倒し、方や押し倒された体勢のまま、言葉を返した先輩二人にアンナはその目を更に見開いた。
「は…!」
「は?」

「破廉恥なぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

 破廉恥。辞書によればそれは人として恥ずべき事をする事。人倫、道義に反する事。またはそのさま。
 ……断じて、今の状況ではない、と思う。少なくとも当事者二人は。
 逸早く我に返ったのはロクシスだ。
「ち、違う!!!これは事故だ!!」
 確かに少しばかり理性の限界を試された気がしなくもなかったが!――胸の奥は幸いにして音にはならなかったが刀を抜く音が拍車をかけて絶体絶命感を煽る。
「問答無用!ヴェイン先輩から離れてください!さもなくば、斬る!!!」
 慌てるロクシスを見ずして、彼女は既に殺る気だ。背後に修羅が見えているのは幻覚だと思いたい。
「待て待て待て!アトリエで刀を抜くな!人の話を聞け!」
「ア、アンナ!落ち着いて!」
 激しく冤罪だ!訴えようにも今だ、ヴェインを組み敷いたままでは弁解の「べ」の字にもなっていない。寧ろ、家族に行為の真っ最中を見られたような気まずさが事態を悪化させている。そこにアンナを止めようと身を捩るヴェインの危うい色香が加わればロクシスにとって状況は最悪。
 更に爛々と瞳を輝かせて煙さえ吐く勢いで構える彼女を止める術は無い。
「問答無用だと言った筈です。こんな破廉恥な事をアトリエで行うとは…!許せません!」
 何を想像したのか分からないでも無いが…ああ、とりあえず、彼女に滅多切りにされるより他、無いらしい。――ほぼ意味を成さない弁解をするよりもヴェインの上から退いた方が早い、という最も簡単な解決法に全く気付かないままロクシスは覚悟した。覚悟するよりも退いた方が良いという事にも全く気付かないまま。
 刃を返す音に続いて床の埃を靴底が擦り――次の瞬間、束の間の救いが降りた。
「あれ?皆、どうしたの?アンナちゃん、顔、怖いよ?」
 戸口から桃色の髪が覗く。腰にいつもの鞄を携えた彼女を目に留め、アンナは今にも切りかからんと構えた刃を下ろした。
「…フィロ先輩…!ロクシス先輩とヴェイン先輩が…」
「え?ロクシス君とヴェイン君がどうか…し、た?あれ?」
 あれれ?部屋の中を覗いた彼女の動きが止まる。それはもう綺麗に止まる。見えているものはアンナとそう変わらない。寧ろ、悪化した後の光景だ。
 アンナの凶行が阻止され、息をついたのも束の間。ロクシスの背には新たに冷や汗が流れた。―――これは厄介だ。実に厄介だ。アンナの方がまだ良いかもしれない。アンナはまだ良い。誤解をしてそれに食って掛かる。だがフィロは違う。
「…アンナちゃん…」
 フィロは…
「これって…」
 フィロは…

「邪魔しちゃだめだよー!折角、イイ所だったんだからぁ!」

 誤解をして、それを広めるタイプだ!!――――思えど、もう遅い。そもそも、アンナが来ている時点で既に遅い。

 首をかしげるアンナにフィロはこう吹き込んだ。
「アンナちゃん。こういう時はね、そぉーっと二人にしてあげるのがいいんだよ。二人で愛を育んでる最中なんだから!」
「はぁ、愛、ですか」
 いや、違うから。――無言の突っ込みは当たり前だが届かない。
「そう!だからね。ここは一つ、他に邪魔が入らないように皆に知らせてあげないと!また、邪魔されちゃったら落ち着いて出来ないよ!」
 何が。――もう想像するのも大変だ。
「パメラちゃんはもう知ってるから、あとはグンナル先輩とニケちゃんと…あと先生も来ないようにしないとね!」
「そうですね。早くお知らせしなければ!」
 いやいや、知らせなくていいから。――真面目なアンナが鵜呑みにしているのに激しく突っ込みたいがやはり届かない。
「じゃあ、後は二人で仲良くしてね〜。アトリエの備品は何でも使っていいけど、壊しちゃダメだよ?」
 どう使えと?
「では、ごゆっくり」
 いやいやいや、ゆっくりしないから。――閉まっていく扉にロクシスは漸く手を伸ばした。
「いや、ちょ、待て…!人の話を…」
「また明日〜!!」
 ぎー。ばたっ。がちゃん。

 ………がちゃん?

「…なっ!?今、鍵!?」
「嘘っ!閉めちゃったの!?」
 慌てて飛び起きて――この時点で漸くヴェインを開放した事になるが…最早、どうでも良い事だ――ノブに縋りつくが、後の祭り。回らないどころか、うんともすんとも言わない。…本当に閉めてしまったらしい。
 残された脱出路を考えて…また冷や汗が伝う。――思い出せ。フィロは気になる事を言ってなかったか?
「ヴェイン…窓はどうだ?開くか?」
 暫く硝子戸を弄る音がして後。
「…だめ。開かない…」
「やっぱりな…」
 パメラはもう知っている。そういったフィロの言葉が本当ならこの窓は彼女の仕業だろう。でなければ奇天烈生命体ムーぺだ。――どうする事も出来ない。途方に暮れるヴェインを他所に、ロクシスは溜息と共にソファに崩れ落ちるしかなかった。
 可愛い仕草で困惑を示す彼を視界に入れれば、自分が何をしだすか分からない。彼の体温を思い出すだけで熱が上がる。この気持ちはきっと今、この場で気付いてはならないものだった。伝えるにはあまりに不確定で、ともすればぶつけてしまいたくなるくらいに強い、この熱。
 彼はまた溜息をついた。
 目が合えば、赤く染まる頬が可愛いと思ってしまう辺り、自分はもう、気付かないうちに末期なんだろう。

 兎に角、言える事は―――――これは拷問だ!



耐え切れない欲望のままに書いた状況確認SS。唯一満足なのはアンナに「破廉恥な!」と言わせたことだけだったり。珍しくSSで太字使った…。
……アトリエの備品はイロイロ使えそうだよ(何)
クロのマナケミアSSはこれが根底になりそうです(笑)固まるロクヴェ。
TWがあんな感じなのでマナケミは明るく行きたい…ですよ?ええ。本格的に攻略始めたらどうなるかわかりませんが!!それまでに明るいSSばっかり書いてみせるさ!!!
てか、誰かロクヴェ友になって下さいなぁぁぁぁ!!!!(切望)

2007/08/19