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「…何をしている?」
「はむっ!?」
 それはきっと奇跡的な現場だ。

シュガーシュガー

 例えば、小動物を連想する時、そのこまごまとした動作を思い浮かべるだろう。更に挙げれば、連想対象はリスやハムスターといった類が好ましい。少し背を丸めて小さな両手で器用に種を持ち、その端からちまちまと食していく。心持、幸せそうな表情を浮かべ、口に入れたもので頬をふっくらとさせる様は愛らしいといって差し支えない。――今の彼の様子がそれだ、とユンはアトリエの隅で見つけたロゼを見ながら脳裏でぼやいた。
 ロゼリュクス・マイツェンという男は酷く淡白な少年だ。少なくとも、女に熱を上げるだの、武闘に燃える男ではない筈だとユンは認識している。リリアの少々、怪しい感のある熱とは正反対の冷ややかさは、世間一般がそう表現するよりも、ただ、マイペースなだけだと言う方がしっくりくる。色彩から「冷えた」と評される事の多いだろう彼はその実、面倒見のいい奴なのだと彼を知る者は理解していた。
 清らかな水の色を宿した髪が滑る頬は些細な朱の走りも見える程白く、粉雪のように滑らかな肌に瑞々しい椿の花弁の如き唇がよく映える。創られたような美しさはマナのそれだと言っても過言ではないだろう。強い光を宿した青い瞳は手負いの獣に似て、けれど諦めに慣れた怠惰な祈りの人にも似ているのがまた色香を漂わせる。
 寄り添いながら、しかし誰にも懐かない猫。ロゼ、と呼ばれる少年はユンにとってはそんな男だった。―――――が、その認識は今後、少々、改めなければならないようだ。
「………取り込み中か」
 声をかけるも、相手はソファの影に蹲り、手にしたそれを咥えたまま動かない。
「………良ければ、席を外すが…」
 視線はこちらを向いている。聴いてはいるはずだ。
「……まあ、ゆっくり食べてく…」
「な、お、俺は何も食べてないっ!!」
 べちん。と言うよりも、ぽいん、と言った方がいいかもしれない。そんな音が灼熱の頭から弾けた。――――褐色の額のど真ん中で弾み、宙を舞って、くるくると数回転。天井近くで放物線を描いて落ちてきたそれは見事、ユンの手に収まる。効果音をつけるなら、ぽす。そんな気の抜けた音。
「…別に悪いとは言っていないだろう」
 寧ろ、給料に無い気を使ってやったくらいなのに。瞬間、のけぞった身体を戻して理不尽さをぼやきながら、白魚の指から飛んできたそれをまじまじと見るユンとは対象に、ロゼの白磁の顔は今し方、間抜けな攻撃を加えた相手の髪の色だ。睨んでくる氷色の双眸からは熱で溶けたのかと思わせる羞恥の涙すら滲んでいる。――面倒な事になった、と微妙な顔をするユンと羞恥に震えて半分錯乱状態だろうロゼ。…奇妙な光景だ。
 日頃の癖になりつつある溜息が口から漏れる。
 飛んできたそれは全くもって攻撃にならない程、柔らかかった。金色、といってもいい程の香ばしい色合い。見事に空気の入った柔らかな生地は軽すぎず、寧ろ、柔らかさの中に程好い弾力すらある秀逸な出来。掌サイズのドーム状に形作られたそれにたっぷりと入ったクリームは白く、雪のようだ。硬くも無く、かといって柔らかくも無い。恐らく、舌触りは絹のように滑らかだろう。
 ロゼがアトリエの隅、ソファの陰でこっそり食べていたそれは甘い香りの――――所謂、洋菓子だ。しかも目に眩しい白いクリームたっぷりの。
 いつも澄ましている彼の事。誰がこんな愛らしい物を食べていると思うだろう。軽く噴出しそうになりながら、ふにふにと、小さく齧ったあとのあるそれを手の内で遊べば、今度は羞恥に震えた彼が怒りに震えた。
「あっ!や、やめろ!潰すな!美味しくなくなるだ、ろ……ぁ…」
 言って、気付く。――――これじゃあ、自分が食べたいと言っているのと同意義じゃないか!
 にやり。先程までの微妙な顔を妙な笑いに変えたユンに、知らず、頬が引きつる。
「ほほう。何も食べていない、と言ったが…これから食べようとしていたのか?これを?この、甘くてふわふわでふにふにで可愛らしい菓子を?お前が?」
「うぐ…」
 中々に意地の悪い言葉だと自分でも思うが、目の前の美しい白が鮮やかな朱に染まっていくのを見れば、それが楽しくて仕方が無い。ここまで面白いのは滅多に無いだろう。少なくともこのアトリエで呆れる事が主な自分にしては、楽しいと思える瞬間はある意味貴重だ。そうなれば、もう少し悪戯をしても罰は当たらないに違いない。
 鍛えられた体躯におよそ似合わない可愛い菓子を手にして、ユンは己の唇を舐めた。
「そういえば、先程、コレをオレに投げたな。痛くも痒くも無かったが…要らないのならオレが貰ってもいいな?」
「なっ!?」
 驚愕に見開く目を他所に口を開けて、それを近づける。強くなる甘い香り。誘われるように舌で雪を掬った刹那、眼前の空気が動いた。――次の瞬間、圧し掛かるような衝撃を咄嗟に堪えたユンの菓子を持つ腕に、ぶら下がるような形で動きを止めるロゼの双眸が深紅のそれを睨み返していた。
 滑稽な話だが、クリームを乗せた舌を出したまま、しばし動きを止めたユンの手から素早く菓子を奪って飛び退るロゼの目は至極、真剣だ。菓子如きで此処まで真剣になることは無いとは思うが、まあ、そこは人それぞれだろう。剣を抜かれなかっただけマシというところか。射殺さんばかりの視線に、ユンはクリームを掬った舌をそのままに軽く息をついた。
 抉られた菓子の中身を一瞥して、ロゼの視線がユンを射抜く。――菓子如きで、何故、こんな修羅場になれるのか。
「食べるな」
「…お前が奪っただろう」
 両手で優しく――何故それ程までに大事なのかが分からない――包むように菓子を労わるロゼにまた溜息が洩れる。漸く口の中に引き入れた舌はクリームが甘い痺れを齎した。それにもう一度溜息をついて、崩れかけた姿勢を正す。
「お前が菓子好きとは思わなかったな」
「黙れ………あんたの所為で、減った」
 減った。口の中で繰り返すロゼの恨みがましい視線。
「……たかがクリームだろう」
「俺のクリームだ」
 何様といったら俺様と答えるような返答。これは重症だ。半ば、開き直っているだけに性質が悪い。顎に手を当て、しばし考えて――――ふむ。返してやらんでもないか。また頭を擡げた悪戯心に、今度は自分に溜息をつく。
 聡い彼に下心を上手く隠せたのは、良いたく無いが、年の功、といったところか。
「なら、返してやる」
 数歩の距離を一瞬で詰めて――――不満気に剥れた椿を食んだ。

「んむっ、ん……な…ん、ふぁ…」

 ちゅく、ちゅる。咄嗟に抗議しようと開いた口から甘い味を残した灼熱の舌が入り込む。狭い口内を満たし、歯列を擽って味を擦り付けるようにそれを絡めてくれば、鼻腔を甘い吐息が満たして洩れた。上顎を掠めながら、執拗に擦られれば、最早、身体を閉じ込める逞しい腕に縋りつくしかない。
 先程とは違う意味で潤んだ双眸を吐息を交わす距離で見つめながら、ユンが微笑む。
 赤く染まった頬。求め、縋る、水を満たした瞳。力無く胸を掻いて来る指先…切り揃えられた小さな爪。
「…んんっ…はふ…ふぅ…あ、はぅ…ん」
 手にした菓子が落ちそうだ。離れるのは惜しいが、落として泣かれても困る。――あと少しでも力が抜ければ菓子を落としてしまうだろう華奢な手に手を添えて、ユンは漸く色づいた唇から離れた。
 音を立てて離れてやれば、恨みがましく見上げてくる腕の中で動けない可愛い人。恐らく腰でも砕けてしまったのだろう。
「…あんた、最悪だ…」
「ちゃんと返してやっただろう?」
 口付けで。
「……それが最悪だって言ってるんだ…」
 だが、悔しいかな、その返還方法で動けなくなってしまっている自分がいる訳で。――――とりあえず、ロゼは温かな掌を感じる手になんとか確保していた菓子に食いついた。それも支えられて何とか、というのが実に情け無い。
 もふり、と羽毛よりも柔らかな生地を食んだ瞬間に広がる幸せな甘みに、男の腕の中であるのも忘れて顔が綻ぶ。
「…幸せそうだな」
「うるさい。別にいいだろ」
 心持、身を縮めて、頬を淡く染めながら小さな口でもったいぶるように少しずつ菓子を食べていく様子は真、小動物のようだ。食事を邪魔されると烈火の如くに怒る様もそうだといって差し支えない。現に、今、茶々を入れたら怒られてしまった。これは他の者達に見つかったら――現在の状況も含めて――何かと厄介かもしれない。
 戸口を一瞥して、身動ぎで合図をしたユンはロゼを抱えたままソファの陰に座り込んだ。――ここなら、そう簡単に見えはしないだろう。
 怪訝、というよりも不思議そうな顔で見上げてきたロゼに微笑を浮かべて、口元についたカスを拭ってやる。
「見張っててやるから、ゆっくり食べろ。安心しろ。誰にも言わん」
「…本当か?」
 もふ。甘味に目を輝かせながらもう一口食んで訊いて来る彼に、たまにはこういうのも悪くないと返しながら、だが、タダで、というのも少々、割に合わないと思い直す。
 淡白な美人が実は可愛い生き物だった、なんて言い広めるつもりは全く無いが、この秘密を利用しない手はないだろう。大体、自分がその事実を知らなかった事に多少、憤りを感じているのだ。横暴と言えばそうだが、こんな可愛い顔を自分の腕の中でしてくれた事などそうそう無いのを考えれば、正当化するには十分だと思っていい。――――菓子に嫉妬など、馬鹿馬鹿しすぎて到底、言えないが。
「そんなに疑うなら、そうだな」
 自分以外の何かが愛しい彼を幸せにした、だなんて、男としては少し悔しいだろう?だから、
「お前からのキスで手を打ってやろう」

 とりあえず、オレに菓子より甘いキスをくれ。


ふ、ふふふ…ヤってしまいました…が、不発でしたね…可愛さを目指してみたのですが…結局玉砕…!皆様の妄想映像化機に頼る羽目になってしまいました。
コトの発端は某様とのマナケミア2発売前のメッセで出た甘いもの好きロゼなわけでして…絶対、いつか書いてやる、と意気込んでいたわけです…!だって、可愛いと思うわけですよ。小動物のようにちょっと身を縮めてもふもふお菓子を食べるロゼ…!
…結局、ユンがそんな幸せオーラを出すロゼに…というかロゼにそんな幸せオーラを出させているお菓子に嫉妬したお話になってしまったわけですが。なんてミステイク!!いつかリベンジを希望しておりますよ!ええ!!
ちなみに、今回のお菓子のモデルはペ○ちゃんのほっぺです(どうでもいい)

2008/06/28