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 白に焦げ付く褐色の。

カソナードと生クリーム

 チョコレートと言うには少しばかり足りない。赤と褐色の色合いは恰もフランボワーズソースのかかったカカオ菓子のようだが、ロゼに言わせれば、それは例え、そう見えたとしても少しばかり違うのだ。
 二人きりのアトリエの中、じっとそれを眺め続ける彼はそれが移動する度に青い目を動かして、ぴたりと視線を張り付かせていた。
 そう、チョコレートと言うには少しばかり足りない。彼はそこまで黒くは無いし、何より、熱で溶けてしまう程脆くも無い。かと言って、キャラメルのようかと言えば、それもまた否。カスタードは論外。フィナンシェ、マドレーヌ、ザッハトルテにリンツァートルテ。どれも違う。羊羹、饅頭、黒蜜、あんころもち。全くもってイメージではない。
 小首を傾げて、瞬き一つ。眉間に皺を寄せたロゼはついにソファに腰を落ち着けたそれにふらふらと近付いた。――――ぽす。合い席の了承も得ずに隣に沈み、見上げる先には茜の双眸。
「?ロゼ?どうし…」
 ぺろり。訝しげに口を開いたユンの言葉を、剥き出しの肩に突然、触れた感触が奪う。途端に目を見開いて固まってしまった彼を誰が責められようか。
 しなやかな筋肉に隆起する腕にそっと白い手を添え、高い温度の肩に近付く赤い唇がまるで赤スグリのようだと頭の隅で思ってしまったのは仕方の無い事だろう。白い肌にぽつりと実ったそれのように艶やかで瑞々しい様は清楚な白に不純な想いを抱かせる程、扇情的だ。ふいに小さく開いたそこから、ちろりと湿った苺の色が覗き、棒菓子でも舐めるかの如く逞しい肩の線をなぞって離れれば、身体の奥に否が応でも火が灯る。
 飲んだのは溢れた唾か、擡げた欲か。あまりに突然の出来事に、可哀相なくらい呆然とした様子で動きを止めたユンを宥める者すら今はこの場にいない。
 隆起の筋を舌先で辿りながら、時折、肉の少ないそこを唇で食む彼の姿。青い絹糸の合間から細めた怜悧な双眸を覗かせ、身じろぐ度に僅か揺れる腰がソファに嬌声を上げさせる。恰も娼婦が誘うような動きをこのまま見続けていられるかと言えば、答えは無論、否だった。
 ぺろり、ぺろぺろ、かしり。執拗に舐められたそこを甘く噛まれて、思わず、腰が浮く。
「…っ、ロゼ…待て、どうした?」
 焦りが滲んでいるのはこの際、仕方が無いだろう。こういった行為は、少なくとも、昼下がりの公共の場でするべきものではないのだ。
 理性を侵食する本能に鎖を掛けるユンの気を知らぬでもないだろうに、ロゼは小首を傾げ、ああ、と思い至ったように再び、その肩に擦り寄った。さらり。褐色の肌に流れる青色。
「わかった。カソナードだ」
「カソナード?」
 ロゼの行動に、こちらも首を傾げながら、彼は同じ言葉をなぞる。
 小さな頭の居心地が良いように身体を動かしてやり、剣を扱うには些か華奢な身体を腕に閉じ込める動作は酷く手馴れたもので、けれど、彼の胸の内は常とは違う恋人の様子に早鐘を打つばかり。大人しく体重を預けてくれるロゼに聞かれていないか、少しばかり居心地の悪い思いを片隅に置いて、ユンの手は動揺を紛らわすように指の間に絹糸を滑らせた。
「カソナードといえば、あれだろう。砂糖の」
「そう、砂糖の」
 返る、同じ言葉。
 所謂、赤砂糖というやつだ。殊、カソナードと呼ばれるものは厳選したサトウキビだけを使う為、中々、高価なのだと聞いた事がある。それが、自分と何の関係があるのか。舐めて噛んでまでして導き出した、その経緯を是非とも聞かせてもらいたい。
 つん、と青い髪を幾筋か軽く引いて、先を促す。撫でられる心地よさに夢見心地で口を開く彼の、その唇はやはり艶やかで、まるでジュレに包まれたフランボワーズ。
「…甘くて、でも、甘いだけじゃない。あんたみたいだ」
 そう言って擦り寄ってくる人を、愛しいと言わずに何と言えば良いのか、ユンには言葉が見つからなかった。なんて熱烈な告白だろう。余程の事が無い限り言ってくれないような甘い睦言を、頬を染めて幸せそうに音にしてくれるこの恋人は今、己がどれだけ相手を喜ばせているか、欠片も考えていないに違いない。
 馬鹿馬鹿しい程の甘い言葉はくらりと眩暈まで起こさせて、胸中で舞い上がる男の意識を刹那、天に飛ばさせる。それはきっとブランデーケーキ。
 もう一度、指に絡めた青い髪を引いたユンは視線を合わせてきた彼の額に唇で触れた。滑らかな感触はさて、何だろうか?
「……オレがカソナードなら、お前は生クリームだな」
 喉を鳴らして笑った彼に、ロゼはまた小さく首を傾げる。
 その細い腰を引き寄せながら、顎に滑らせた指で顔を上向かせ、美味しそうな赤い唇に吐息を近づけて。

「白くて甘い、滑らかな生地だ」

 仕上げはカソナードのキャラメリゼで、クレーム・ブリュレの出来上がり。



最近、マナケミアでは暗いものかアホいものしか書いてなかったので、べろっべろに甘いSSを書いてやる!と意気込んで出来た一品でしたが…見事に玉砕。敗因は単純に「甘いものをテーマにしたらいいんじゃない!?」という思考。
……ちょっと、ぐえっ、と来ましたよ、ぐえっ、と(何)
兎に角、誰かがハァハァしてくれたら私の勝ちです(凄く低い目標)
ちなみに、カソナードは赤砂糖の銘柄の事です。大分、色幅があるようですが、ユンならこれなんじゃないかと思ったので…。ロゼはまんまですね。

2009/10/07