そうやって佇んでいるだけで、この心を奪えるなんて、きっと世界中どこを探したって君だけだ。
王子様はその花を知っている
「あ、あの…あのね、ロクシス…」
フィロに急かされてロクシスの私室を訪れたは良いものの、ヴェインにはそれ以上の何かをどう伝えて良いのか全くもって分からなかった。ただ、持たされた花を持って、閉じた戸を背に佇むだけ。ロクシスの困惑した視線をその身に受ける事しか出来ない。
恥ずかしい。こんなに恥ずかしいのはきっと、生きてきて初めてだ。ロクシスの前に立っている。彼の視界に自分がいる。それだけでこんなに恥ずかしくて、嬉しくて、熱い。こんな感情は、初めてだ。これが誰かを「好き」だという事なら、彼はなんて狂おしいものを自分に教えてしまったのだろう。
じわり。涙すら浮かぶ。両手で持った花の茎を、きゅ、と握り締めて、花弁を唇に当てれば、花の陰に隠れられるかもしれない、なんて有り得ない事すら考えてしまう。
「…えっと…あの…だから…」
意味を成さない言葉しか零れてこないのがもどかしい。
可愛らしく恥らうヴェインを見ながら、ロクシスは告白してから此処数時間で何度辿ったか分からないこれまでの経緯を再度、頭の中で辿っていた。
告白は、それまでの悶々とした緊張とは裏腹に、酷くあっさりとしたものだったと思う。文字にすればたった二文字のその想いは随分と長い事、思うように口から零れてくれなかったのに。
好きだと気付いたのは多分、彼の存在を認めようと考えを改め始めた頃で、実際に想いを寄せるようになっていたのはきっともっと前だった筈だ。
月の光を映したかのような柔らかな銀色の髪。長い睫毛が縁取る、最高級の藍玉も敵わない青い双眸。滑らかな頬と、その透き通るような白い肌。仄かに色付いた唇は詩人が残す言葉を借りれば、まるで桜の花弁のよう。白魚の如き、という比喩が似合う指先は形の良い、小さな爪が綺麗に並んで…実際、そうしているのを見なければ、戦闘で剣を振るっているのが嘘のようだ。
思えば、一目惚れだったのだろう。グンナルに連れられて、少し居心地悪そうに控えめに教室にやって来た彼を見た時に、自分の理不尽な感情は愛憎に変わっていたのかもしれない。だが、紆余曲折はあったものの、開き直ってしまえば、彼を追いかけるのに苦痛は無かった訳で…寧ろ、意地を張っていた愛憎の期間が憎たらしくてしょうがなかった。――――あれが無ければ、彼もあんな態度を取ったりはしなかっただろう。…多分。
成り行きとはいえ、良い機会。二人きりのアトリエ。卒業が近い、という焦りもあった。思い返せば、その焦りもいけなかったのだろうが…一世一代、人生最大の催事かもしれない、と意気込んで想いを伝えた自分に彼は―――逃げ出した。全力で。風よりも速く。捨て台詞に、ごめん、なんて言う言葉まで残して。
これで凹まない男がいたら見てみたい。…同じアトリエの宇宙人と先輩は平然としていそうな気もするが、そんな事はどうでも良い事だ。
とにかく、今、一番大事なのは、そんなフッたも同然の言葉を残して全力で走り去った彼…ヴェイン・アウレオルスが一輪の花を持って、理性を揺るがす可愛らしい空気を纏いながら目の前に立っている事に他ならない。
艶やかな唇にちょこん、と当てられたピンクの花弁。貴婦人のドレスを逆さにしたような形の花は太い茎と厚い葉が造形物を思わせる。
愛らしい面を花弁と同じ色に染め、潤んだ上目遣いで見つめてくるヴェインの様子は花よりも愛らしい。所在無げに肩を小さくする様も、花弁を少し食んでみたりする様も、何かを伝えようとして更に顔を赤く染めて言葉を飲み込んでしまう様も、酷く可愛くて。飲み込んでしまった言葉を聞きたくて。その切ない瞳で何を訴えようとしているのか、分かる気がするけれど、そう決めるには自分はあまりに臆病だ。だが、それでも…もう一度、期待してみても、良いだろうか?その花の意味を、訊いても良いだろうか?
心音が高く体内に鳴り響くのは、どちらも――同じだろうか。
「…あの…だからっ…」
「それは…」
何度目か分からない感動詞を遮る声。弾かれたように顔を上げたヴェインの唇から、刹那、花弁が離れる。
「え…?」
「…それは…その花は、私の良いように取っても良いのか?」
花。フィロから持たされた、花。これを持って行けばロクシスはそれだけで分かってくれるのだと、そう言われて。
花弁に再び唇を添えて、ヴェインは俯いた。
「…うん…」
気付いて。恥ずかしくて、言えないから、気付いて。――眩暈がするほどの熱が顔に集まっているのが分かる。彼に触れられたら爆発して倒れてしまいそうだ。
声も無く、ゆっくりと近づいてくる足音。俯いた視界に、彼の靴が入り込んで、止まる。
今度は逃げない。今度は逃げられない。そっと頬に添えて上を向かせる手が熱くて身体が痺れても、見つめてくる彼の視線が逃がしてくれない。普段の彼からは想像もつかない熱で煌く琥珀の双眸。そんな熱い視線を向けてくる人なんか、自分は知らない。その視線に絡め取られて、嬉しいと思う自分を、自分は知らない。…身が、竦む。怖い。これは、病気だ。きっと、彼の傍にいる限り、永遠に続く。彼の傍を離れても、永遠に続く。
花を退かして、息の上がるような熱とは裏腹におそるおそる近づく唇。触れる瞬間、熱を持った互いの瞳の奥に不安を見つけて――――噴出すように二人で笑った。
もう、観念するより仕方が無いらしい。お互いに。
するりときつく握っていたヴェインの手からピンクのチューリップが落ちる。
瞳を閉じて、次に光を見るのは長くて優しい口付けの後。
ねえ、リップにチューして?
スランプ脱出の為にリハビリをしよう&折角だから初心に返ろう第二弾の二(笑)
ひわぁぁああああ!!!(赤面)なんだね!?この小っ恥ずかしいSSは!?二人とも純情すぎてどうしたらいいのか!!書いてるこっちが真っ赤になっちまうぜー!?(クロは錯乱している)
……もう言い訳はしません。とにかく、ヴェインに逃げられたロクシスが人生の凹みのうちで一番だろう凹みを味わったのは確かでしょう。その辺りは皆さんのご想像にお任せします(放棄)
ちなみにチューリップの花言葉は赤色の「愛の告白」が有名ですがピンクは「年頃」です。フィロの陰謀です(ぇ)間違っても「リップにチューして」ではないのであしからず(当たり前だ)
2008/02/10 |