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 一撃必殺です!

怪傑!皇女様!〜属性の秘密〜

 それはいつものように始まった。――――曰く、「ユーリの属性ってなんでしょう?」と。
「ぞくせい?…今の装備は…」
「いえ、そうではなくて…」
 次の街へ雑談交じりに歩を進める一行の、今日は先頭を行く黒を見やろうとしたリタをエステリーゼは緩やかな声音で引き戻す。
 ぎゃあ、と空で啼いた鳥に少しだけ意識を向けながら歩む先はヘリオードだ。この辺りの魔物程度であれば、戦い慣れした一行の敵ではないが、それでも警戒を怠らないのは、それこそ戦い慣れしているからだろう。考え事をしながらもエステリーゼ達の爪先は悪戯に地面から顔を出す木の根を慎重に避けていた。
 数歩先で絹の艶を見せる黒髪が揺れるのを眺めながら、愛らしい唇を開く。
「ユーリって強いですよね?だから、弱点とかは無いのかな、って…」
 エステリーゼの新たな疑問に魔導士と守護者は目を瞬いた。
 仲間内で純粋な強さを測るなら、その頂点を争うのはユーリとジュディスだとエステリーゼは思う。それに異を唱える者はいないだろうが、男性にしては少々華奢な部類に入るだろうユーリの強さは一部の者には意外ですらあるに違いない。同じ身長であるはずのフレンと比べても細い腕、肩、首筋。白い肌。美しい身体の線。胸元が開いていなければ背の高い美女が護身程度に見栄を張って帯刀しているようにすら見えてしまうかもしれない。事実、ため息交じりのフレンからちらりとそんな話を聞いた覚えがある。その時は確か、女性と勘違いしたユーリを路地裏に連れ込もうとした男が怒り心頭の被害者本人に実に男らしい左ストレートをもってメートル単位で殴り飛ばされたのだったか。
 彼が一介の騎士程度では相手にならない程強くなったのが痴漢云々によるかよらないかは別にして、ユーリ・ローウェルという存在は間違いなく強かった。無論、それが単なる身体面だけでは無いのは明らかである。
 そのユーリの、弱点。
「…弱点、ねえ…」
 いち早く思考を巡らせたリタは頤に手を当てた。
「甘いものが弱点なんじゃないの?三度の飯より好きそうだし」
 彼の甘味好きは仲間内では有名な話だ。それが知れた折、開き直った彼が数日間に渡って繰り広げた甘味フェスタに正反対の味覚を持つレイヴンが本気で白目を向いたのは記憶に新しい。
 あの時は何本ライフボトルを使っただろう、と逸れかけた思考を、ここまでただにこやかに二人を見守っていたジュディスの艶やかな声音が遮る。
「でも、それは弱点ではなく、耐性ではないかしら?」
「耐性…ああ、まあ、そうかもねー」
 あれは異常だわ。言いながらリタが渋い顔をするのに誰一人、異を唱えないのも無理は無い。あの間に出た食事といえば、朝にショートケーキ、昼にショートケーキ、夜にクレープ…くらいならまだましだ。事ある毎にケーキケーキケーキシャーベットケーキクレープクレーププリンクレーププリンプリンプリンクレープケーキケーキクレープクレープクレープ。すぐさま糖尿病になるんじゃないかと思うくらいのメニューが続いた数日間。それをユーリだけが嬉々として調理しては平然とした顔で完食し、あまつさえ、「いらねぇなら貰うぞ」とまで言ってのけるのだから、確かにそれは弱点というより耐性だろう。
「じゃあ、ユーリの属性は甘味ですね!」
 一つ謎が解けたとばかりに手を叩くエステルをリタは渋い顔のまま再び見やる。
「あんたねぇ…甘味属性なんて女じゃあるまいし…」
「あら、間違ってはいないと思うわ。彼、甘いものならいくらでもいけそうだもの。それこそ、三百六十五日、ね」
 言われれば、それを打ち消せる言葉など全く見つからない。三百六十五日云々も実際にその片鱗を目の当たりにしているだけに笑えない冗談だ。黙って眉間のしわを増やしたリタにエステルはただ微笑ましそうに笑い、それからまた不思議そうに首を傾げて見せた。
「ユーリが甘味耐性だとして…弱点属性は何なんでしょう?」
 かくして、議論は振り出しに戻る。
 ユーリの嫌いなものといって思い浮かぶものは人道に反するような者だとか、行いだとか、そういったものだろう。しかし、それが弱点かといえば、そうではない。寧ろ、それらを叩き潰すような心意気を彼は持っている。怯えて刃を隠すような真似をする性格ではないのだ。かといって、食に関して、甘味以外で目立った好き嫌いがあるような素振りも無い。贅沢が出来るような環境で育った訳ではない事が関係しているのだろうが、それにしてもユーリという存在はある意味でエステルよりも掴めない人物だった。
「魚介類は…」
「普通に食べてるわね」
「軟体生物ならどうです?」
「普通に斬っていたわね」
「じゃあ、これです!お化け!」
「幽霊船でも普通にしてたわよ」
 あっさり候補から外れていく、一般的に嫌いそうなもの達。爬虫類、両生類、昆虫、台所の黒い大魔王、果ては何を指しているのか全くわからない、ぬめぬめ、ぎとぎと、べたべた、つるつるといった擬音まで。どれもが、思い返せば意にも介していないものばかり。
「うぅー…っ。ユーリを一瞬で戦闘不能にさせるようなものってないんです…?」
 眉間のしわを年頃の女性にあるまじき数まで増やして考え込む彼女達が先を行く黒い背中に鋭い視線を送りながら呟いた刹那、少々、穏やかとは言い難い言葉に、渦中のユーリが密かにぞくりと背を震わせた。


 ヘリオード。当初訪れた際にあったような重苦しい雰囲気の抜けた街にフレンが来ていると知ったのは丁度、広場に差し掛かった時だった。――否、差し掛かった頃に、こちらに気づいた向こうからやってきた。
 それは、もう、王子の称号を返上しなければならないくらいの鬼のような形相で。
「よぉ、フレ…」
「ユーリ!!君って奴は…!!」
 背後で置いていかれたソディアとウィチルが呆然と見送っている姿が非常に滑稽だ。そう思ったのは、唯一の常識人であるカロルだけだったけれど。
 重々しい甲冑を盛大に鳴らして、半ば駆け足でユーリに近づいたフレンの手が挨拶の手を上げたままの彼の胸倉を掴んで揺すり始めれば、その滑稽さには乾いた笑いも浮かばない。
「ちょ、おっ、何…!?」
 同じ歳の同じ身長とはいえ、力押しともいえる戦闘を得意とするフレンと素早さで力を補うユーリとでは体格が違う。常の力強さがはったりかと思うくらいにがくんがくんと人形のように揺すられるユーリの姿は、中々にシュールで、ただでさえ細身の体が、それこそ女性のように華奢に見えてくるから不思議だ。
 もっとも、それを楽しんでいる者がいるかといえば、口を半開きにしている者の方が大半なわけだが。
 冷静に観察している間にもフレンの暴走は過激になっていく。
「君はっ、どうしてっ、無理、ばかりっ、す、る、ん、だっ!?」
 区切るたびに殊更、強く揺すられるのがたまらない。これ以上は吐きそうだ。目が回るような衝撃の中で漸くユーリが言葉らしい言葉を紡げたのは、一重に親友との付き合いの長さ故だろう。
「む、無理って…」
 途切れそうな声音に、金髪の隙間からちらついていた青筋が増える。
「鏡で顔を見たのか!?そんな顔色でほっつき歩く馬鹿なんて君くらいだぞ!?」
 そんな、顔色。同時に誰かが、あ、と声を上げた。
 思えば、今朝からあまり彼の顔色は好くなかった様な気がする。元来、色の白いユーリが多少、青ざめたところで気づく者は少ない上、彼自身、それを悟らせまいとする節があり、そうではなくとも、己の限界をある程度知っている彼であったから、そういう点の無理についてはカロル達も彼の「問題ない」を少しばかり鵜呑みにし過ぎていた部分があった。
 フレンの言葉を信じるなら、今回はその鵜呑みが問題だった事になる。
「ユーリ、具合悪かったの!?」
 いち早く声を上げたカロルに、ユーリの口元が、ちっ、と微かな音を立てた。
「あー…あんま気にするようなもんでもなかったから…」
 揺すられながら気まずそうに返る応えは即ち、肯定だ。気落ちしたように、けれど心配げな視線を向ける小さな首領に彼は仰け反りながら笑おうとしたが、それも口を開こうとした瞬間に根元からその気が殺がれた。
 至近距離で、鼓膜に響く低い声。
「へえ…気にするようなものでもなかったって…?」
 その顔で?胸を内側から冷やす声音に、ぞわり。喉が凍る。
「僕が一目見ておかしいと思うような酷い顔で、気にするようなものでもないって?」
「あ、いや、ちょっと寝てりゃいーかと…」
 冷えた吐息が唇を掠める距離で、細く微笑む寒空の青。
「ふぅん…そう。それなら、」
 その瞬間、振りかぶった金色が風を孕んだ。

「大人しく寝てな………よっ!」

 がつっ!

「ごふっ!」

 くたっ。

 奇妙な鈍い音。エステルが小さく「クリティカル!」と呟きながら拳を握るくらいの、見事な見事な――――フレンの頭突き。
 くたりと逞しい腕に崩れ落ちたユーリの、赤くなった額が実に痛々しいが、一瞬で意識を失えたのは幸いだっただろう。意識のある時なら、その後、すぐさま流れるような仕草で細い身体を横抱きに抱えた騎士の腕の中で、それは罰ゲーム以外の何物でもないと、そう喚いていたかも知れない。
 美しい眠り姫と麗しの王子様。これ程までにない最高の組み合わせにも関わらず、そう思えないのは額を赤くした姫の眠りの原因が王子の頭突きだからに他ならない。
「すみませんが、今日、ユーリはこちらで預かります。放って置くとまた無理をすると思うので」
「あ、うん。よろしく…」
 いとも簡単に戦闘不能になったユーリを抱え、何食わぬ顔で颯爽と帰っていくフレンの後姿に声をかけられたのはカロルだけだったが、その後ろで、エステルだけは目を輝かせてその光景を見つめていた。

曰く、「ユーリの弱点属性はフレンだったんですね!」と。



ユーリの弱点ってフレンだよね、というお話。結構本気です(ぇ)フレンなら一撃でユーリを戦闘不能に出来るって信じてる!
多分、この日のエステルメモには「ユーリのステータス 耐性:甘味 弱点:フレン」とか書かれていると思います。…甘味耐性は本当だと思うんだ…だって、お菓子類の料理すべての好物欄にユーリの名前が…。対するフレンは肉食な訳ですけども。
最終的にはフレンに頭突きをさせられたので満足です(何その目的)フレンは絶対に石頭だと思うんだ…!!ユーリとごっつんこしたらユーリが失神しちゃうと思うんだ!(注:本気です)
…しかし、このシリーズネタも段々飽きてきましたね(自分で言うか)

2010/01/17