桃色キャンディー
「僕が一個でしょ。で、ボリスが一個」
ころんころん。テーブルの上にまあるいキャンディーが二つの位置に置かれる。
「僕がもう1個でしょ。で、ボリスがもう1個」
ころころこつん。もう一つずつ二つの点にキャンディーが置かれる。
「僕がもう1個。んで、ボリスがもう1個」
ころころ、こつつん。これで3個ずつ。小突きあって、弾き出された1個をゆっくり元の位置に戻して、ルシアンはその細い指先で淡い黄色のキャンディーをつまんだ。――多分、レモンかパイナップル味。バナナという線も捨てられないが。個人的にはレモンが良い。味の問題で迷って、結局、自分の分け前に加える。
「これで僕が4個…」
「ルシアン。俺はそれくらいで良いから…後はお前が食べれば良い」
呆れたような――実際、呆れているんだろう――声が耳に滑り込んで来たが、カウントの問題でしばし鹿等。つまんだのは薄紫のキャンディー。多分、グレープ。それ以外だと茄子か薩摩芋しか思い浮かばない。そんなのはちょっと有り得ないが、無くも無いかもしれないので内心、謝りながらボリスの山に。
転がらないように気をつけながら置いて、ルシアンはようやくテーブルから顔を上げた。
「駄目だよ。ちゃんと分けないと!折角、二人に、って貰ったんだから!」
「いや、だから、俺は特にいらないから…」
「駄目!」
滅多に見ない眉間の皺を作って、一喝。但し、頬が若干膨らんでいるので恐ろしさが可愛さに負けている。真剣になるのは結構だが、こんな事にここまで真剣にならなくてもいいんじゃないかとボリスは思う。
ルシアンがこんなにも真面目にキャンディーを数えている理由は数時間前に遡る。偶々、請け負った依頼の依頼者が二人にくれた。ただ、それだけの事だった。だが、そこは妙に律儀なところのあるカルツ商団のご子息。帰ってくるなりキャンディーを均等に分けるんだと言い出して、テーブルにばら撒き…今に至る。
数もそう無かった為、ボリスもしたいようにさせていたが、どうも時間が掛かりすぎている。ルシアンの事だから、どうせ味の事で悩んで分けているのだろうとは思ったが、日が暮れてしまいそうな調子にとりあえず、妥協案を出してみた。結果は見ての通り。怒られて、それでお仕舞い。厄介な事に彼は均等に分ける事に何か無意味な意義を感じてしまったらしい。
またテーブルに目を落として数え始めるルシアンを、ボリスは結局見守る事にした。
「…えーと…これで4個ずつでしょ…」
白い指がまた小さなキャンディーを運び始める。
「んー…うん。緑は持ってるから…これはボリスの」
窓から差し込む昼下がりの光の中で焦げ茶色のテーブルに散らばる淡いパステルカラーのキャンディー。ころころと転がっては他の誰かにぶつかって、またその誰かは他の誰かにぶつかって。
ころころ、こつん。ころころ、こつん。
他の誰かにぶつかりそうになったそれを白い指が摘み上げて、また群れの中に置いて行く。そして、また誰かに宝石がぶつかるより可愛い音で寄り添う。――なんてメルヘンチック。
ころころ、こつん。ころころ、こつん。
「あ」
ころころ。単調さが心地良くなって来た刹那。言葉にすらなっていない短い声が、うっかり転寝をしかけたボリスの眠気を吹き飛ばした。
見れば、綺麗に分けられた中でルシアンの手元に残る1個のキャンディー。
「…残ったのか」
「うん。1個溢れちゃった。どうしよう」
口の中で呟いた彼は至極、残念そうだが――きちんと分けられると思っていたんだろう――ボリスとしては何も問題は無かった。
「お前が貰えば良いだろう」
俺は要らないから。そう付け加えれば、ルシアンは滑らかな頬をまた膨らませる。
「だぁめ。分けるの」
この我侭め。思いながら勿論、口には出さない。
「だが、実際、1個しか無いだろう」
外から買って来るなりすれば、また別の話だが、実際問題、今現在、ルシアンの手元には1個しかない。――可愛らしいピンクのキャンディー。味は多分、いちごミルクか桃。どちらにしても可愛らしい色合いを裏切らない甘いものだろう。
自分が食べるには些かどころか、かなり不似合いかもしれない、とボリスは内心で苦笑した。そんなボリスを余所にルシアンが手を打つ。
「わかった!剣で斬って分ける!」
「こら。剣をそんな事に使うんじゃない」
ルシアンなら本当にやりかねないが、同じ剣士としてそれは些か許せないものがある。どこまで本気なのかわからないが、まあ、少し外れた事を言い出すのは今に始まった事じゃない。
「えー。ここまで分けたのにー…」
しょんぼりと肩を落とし、残ったキャンディーを指先で転がして遊び始めるルシアンをまた、こら、と注意して、ふと悪戯心が首を擡げた。
机に向かうルシアンにゆっくりと近寄り、少しだけ気落ちした顔を覗き込む。とりあえず、溜息。
「仕方ないな。…ルシアン、良い方法があるぞ」
前置きをしたのは平常を装う為だ。微笑みも決して、間違っても胡散臭くなってはいけない。…久々の悪戯は中々に楽しいものがあるかもしれない。時間のかかる悪戯ではないから、妙に勘の良いルシアン――色のある話にはかなり鈍感だが――に気付かれる心配もないだろう。
「本当!?」
「ああ」
さあ、ここからが本番。
綺麗に分けられたキャンディー達を見下ろして、どちらにも入れない哀れな桃色の一人っ子をつまみあげる。期待に目を輝かせる彼を一瞥。一つ微笑んでやって、とりあえず、つまんだそれを――――口に放り込んだ。
「あ。あーーーーーーーーー!!!ボリス!なんて事するのさー!!」
有り得ない!!一間置いた叫びは驚愕というより悲壮。椅子を蹴倒して立ち上がったルシアンの蒼い目には涙すら溜まっている。頭の良いボリスが「良い方法」で解決してくれる、というのを大期待していた頭は只今、大混乱中だ。まさかそんな事をされるとは思わなかった!泣きたくもなる。
仕舞いにはぽかぽかと逞しい胸を叩くルシアンは、だから気付かなかった。――ボリスがその身体を捕らえた時、笑った事に。
「返してよー!もー、ばかばかばかっ!僕のいちごー!!信じられな……!」
言葉が、遮られる。咄嗟に机に手をついた所為で折角分けたキャンディーがまたばらばらに散った。乾いた音がして…ああ、いくつか落ちたかもしれない。
暖かな感触と、目の前の端整な顔。首筋をくすぐる長い髪。後頭部に感じる硬い手のひら。腰を捉える腕。――口付けられている。そう気付いたのは、呆然としている間に唇を辿るように舐めて濡らした舌がそっと歯列を割って入るのを感じたからだ。
びくりと身体が震える。舌先が上顎の裏を舐め上げ、逃げる舌を追い、絡まって、
ころん。
甘い香り。――――キャンディー?桃の。
「んっ、あふ……」
からからと歯にぶつかって音を立てるそれがボリスの舌に押されてルシアンの口内で踊る。
「…はぁ、ん……んん……」
からから。そっと押し返して、返されて。キャンディーが音を立てるたびに広がる、頭を痺れさせる甘い香り。
「あ………ぁ……」
からから。今度は裏側をゆっくり辿られて、また絡まる。頤を伝う唾液を気にする余裕も無い。相手も腰に回した腕を緩めていない事からして、放してくれる気は無いだろう。ただただボリスにしがみ付いて、彼から与えられる深く、甘いそれに耐えるしかない。
淫猥な音がまだ明るい部屋に響く様はまるで天使の情事。背徳行為。それも目を閉じて羞恥をやりすごそうとしたが、逆効果。――捕らわれたままのルシアンの腰が震える。
あと、少し。
するり。最後の欠片が溶けて、舌だけが絡まる。一通り、ルシアンの口内を巡って、漸くボリスは離れた。――繋いだ銀糸が切れるのが、二人の身体の熱を上げさせる。昼間から、酷い熱だ。
顎を濡らす甘い液体を舐め上げて、頬に口付けを落す。
「残念。いちごじゃなくて桃だったな」
「…はぁ……ん………ばか……」
最早、珍妙な言葉に対する「ばか」なのか先の行為に対する「ばか」なのか、そんな事はどうでも良かった。ただ、何か一矢を報いたかっただけ。
水玉模様を描いたような机に目を向けて、ルシアンは溜息をついた。
「もう。またやり直しじゃないか」
まだ諦めていないらしい。抱き締めた腕を緩めないまま、ボリスが笑う。――悪戯はもう一つ。
「まあ、やりたければやってみれば良いんじゃないか?」
棘、というよりも何かを示唆する物言い。見上げたルシアンは胡乱な目で彼を睨んだ。
「……ボリス。何かした?」
「さあ?」
半端が無くなった筈のキャンディー達。
最後の一個は護衛剣士のポケットの中。
ほら。合うはずが無いだろう?
こ、これが限界だ…!クロの「明るくポップ」はここが限界だ…!!
回を増すごとにボリスが腹黒くなってきている気がして…なんてこった。
裏なんて書いた日には鬼畜万歳になっていそうで怖いな…。今のところ、書く予定は無いですが。
だって…このサーバー、駄目らしいから…(←チキン)
2007/01/24 |