「ルシアンと私はお揃いですね!」
これは彼女のそんな一言から始まったマグノリアワインでのヒトコマである。
お揃い劇場
「え…と、どこが?って聞いてもいい?ティチエル」
未だに固まったままのボリスとミラをそのままに、逸早く石化の状態異常から立ち直ったルシアンは噂の核弾頭、ティチエル・ジュスピアンに問いかけた。
応える彼女はことり、と小首を傾げて実に嬉しそうだ。
「だって、私と同じ金髪ですぅ!」
がちゃーん。ミラの手にあったフォークが皿の上へノーロープバンジー。
「さらさらで、きっとリボンをつけたら可愛いです!」
ぼとっ。ボリスの手にあったパンがテーブルにクラッシュ。
彼女の名誉のために補足しておくが、彼女は決して、断じて、冗談を言っている訳ではない。至極、真面目に。相当、本気で、そう言っている。彼女がどんな詐欺師をも欺く腹黒で無い限り、それは嘘ではないのだ。――現在の状況を半ば幽体離脱しながら判断しているミラはそう思った。ここでルシアンが自分やボリスのように機能停止していないのはある意味、彼女と同類だからかもしれない。
哀れなボリス。彼はまだ言葉の判断すら危うい状態だろう。ぴくりとも動かない。冗談の通じる奴なら、食事中に目を開けたまま寝てるんだろう、と突っ込みを入れたはずだ。
見かねて、向かいの男の腕をつついてやる。――漸く自分も少しだけ戻って来たらしい。
「…おい……おい、ボリス!しっかりしろ!」
「え、あ……ええ、大丈夫です」
再生ボタン。そんな表現がしっくりくる動作で食事を再開。――今日のムニエルは最高。レタスが新鮮なサラダは油分控えめなレモンドレッシングが素材を引き立てて。お供は勿論、へヴィーな赤ワイン。悪酔い防止にチーズも欠かせない。後は、肴代わりの気の利いた話題があれば…
「同じ服で並んだら、きっと姉妹みたいですよぉ!!」
ぶーっ。世界初、重力に逆らったワインの噴水。ランケンもビックリだ。
勿論、正面に座するボリスが被害を被ったのは言うまでも無い。――激しく咳き込むミラに恨みがましい視線が注がれる。
「………ミラさん………」
「す、すまん、許せ…ごほっ」
異様な空気が場を漂い始める中でも、歩く核弾頭、ティチエル・ジュスピアンは止まらない。
「絶対、可愛いですよぉ。ね!ミラお姉さん!」
何故こっちにふる!!!ミラは固まった。これは生涯で5本の指に入る試練だ。咄嗟にボリスにふろうと思ったが、必死の形相で眼力を追い返されたので断念。
さあ、ここで冷静に考えよう。ルシアンは確かに、黙っていれば美少年だ。例えるなら、立てば白百合、座れば椿、口を開けば…
「たんぽぽだろ」
「え?何?」
「ああ、いや、なんでもない!なんでもないんだ、ルシアン。気にするな」
話を戻そう。そう。彼は「黙っていれば」美少年だ。小柄で華奢な所為か、中性的な部分もある。髪を伸ばして…それこそティチエルのようなワンピースでも着れば、女の子に見えなくも無い。美少女の完成だ。少し幼い言動は可愛らしい容姿と合わせて男を惹きつけるだろう。ティチエルが言うように彼女と並べば顔の造作はともかく、その光の奔流のような金髪で姉妹に――あえてどちらが姉とは言わないが――見えるかもしれない。
そう結論付けて、ミラはうん、と頷いた。
「まあ、似合うんじゃないか?」
「でしょー?」
苦笑は抑えられない。改めてワインを一口煽ったミラに今度はルシアンが固まった。
「え………えぇえぇぇえぇえ!!?なんでー!?」
ミラお姉さんなら反対してくれると思ったのに!!さしものルシアンも「同じ服」には反対して欲しかったらしい。驚愕の内容が横っ面に書いてある。どんなに華奢でもやはり、男の子。女装まがいの発言に「はい、そうですね」とは言えなかったようだ。
傍らのボリスは、もう勝手にやってくれ、と言わんばかりに黙々とパンを口に運んでいる。
「お前、華奢だろ?顔も…まあ、女っぽいとまではいかないが、どっちかと言えば女顔だしな。髪も綺麗だし、伸ばしたら美少女だろうよ」
「えー!嬉しくないよ!」
頬を上気させ、身を乗り出して反論してくる様こそがそう思わせる要因だとは思いもしないだろう彼を横目に、自分の正面に座る男に目を向けた。――この万年生真面目男も少しくらい焦れば良い!
にやりと悪戯な笑みを浮かべてチーズを一口。
「じゃあ、そこの相棒にでも聞いてみたらどうだ?」
「なっ!?」
慌てて取り落としたパンの欠片がスープに着水する。――おい。冗談じゃない!ボリスとしては無言でやり過ごそうとしていただけにこの変化球は実に痛かった。
「ボリスは!?どう思う??」
「…あー…いや、その…」
身体ごとふり返って問い詰めてくるルシアンから少しでも離れようとした身体に引っかかってガタガタと椅子がなる。
さあ、ここで冷静に考えよう。ルシアンは確かに可愛い。光を弾く細い絹糸のような金髪に、どんな宝石も敵わない藍玉の瞳。細い指先は触れれば暖かく、その身体は砂糖菓子よりも甘い。触れるたびに感度を増す白い肢体は昼の快活な印象を覆す程、淫靡で妖艶だ。潤んだ双眸で見つめられれば否応無しに支配欲が湧き上がる。
目の前のこの唇の甘さを、自分だけが知って…
「…ボリス?」
「はっ!…こほん。なんでもない。…そうだな。流石にティチエルのような服装は、どうかと思う」
「!そうだよね!…ほらぁ!ボリスは似合わないって言ってるもんね!!」
そして、また食事が始まる。――ワインを片手にした約一名を除いて。
「………ティチエル……今、何かイケナイ世界が広がらなかったか?」
「ティチエル、知りませ〜ん」
ぎゃあぎゃあと反論してくるルシアンを軽くスルーして、ミラは今、何か、ボリスの裏の部分を見た気がしていた。
後日。
「ねえ。これ、どうしたら良いと思う?」
手には白いワンピース。女性用。
「どうしたら良いって…言われてもな」
朝一で届けられた荷物にはカードが一枚。
――――私とお揃いのワンピースです。
ルシアンに合うサイズなので、着てみてね!
ティチエル・ジュスピアン――――
ひゅう、と吹いた風にワンピースが翻る。
風に煽られて、荷物の箱から呆然とする二人の足元にカードがもう一枚舞い降りた。
――――P.S. お揃いのリボンもつけました!――――
当サイト、初ギャグ(なりきれてない)……不発ですが。しかも無駄に長い。
何が楽しかったって…最後のティチエルの微腹黒具合とミラの動揺とボリスの不健全さ(笑)
「さあ、ここで冷静に考えよう」って、全然冷静に考えられていないボリス。素敵に不健全に仕上がりました。…毎度毎度、彼は華麗に不健全になってくれますね…そもそもクロの頭が不健全ですが。
2007/01/27 |