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 それはとても穏やかな。

その闇に口付けを

 煌びやかではなく、寧ろ、真逆の色。彼の性格に合った、落ち着いた色。これが自分のような金髪だったら笑ってしまったかもしれない。そんな事を想像して、ベッドに寝そべったルシアンは指先に絡まる黒髪をするりと解いた。解いて、また絡める。
 構って欲しい訳じゃない。ただ、触れていたいだけ。それが分っていたから、褥の縁に座ったボリスも剣の手入れを止める事はなかった。
 また解いて、また絡める。その繰り返し。
 無償にこの黒髪に触れたくなる時がある。その行動に意味は無いのだとルシアンは思っているし、態々、理由を見つけようとも思わない。悪戯をしようと思っている訳ではないし、困らせているなら直ぐにでも止められる。それでも、何も言わずに甘えさせてくれるから続いている、ささやかな行為だった。
 シーツが擦れる微かな音と剣の小さな鍔鳴りが部屋を沈黙から救っている。鳥の羽音よりも安らかな空気を崩さないように、そっと。
 さらりと癖の無い綺麗な髪。戦闘で剣を振るう時、魔法を使う時、絹糸のように舞い散る様を見る度にその房に指を通してみたくなる。隣を歩いている時にも触れたくなる。我慢できなくて、またこうして触れている。反対に、自分以外の誰かが触れようとするのを見ると酷く腹が立ったような、悲しくなったような、自分でも理解出来ない感覚に襲われた。まだそれが何なのか分らないけれど、ボリスに触れているのが、好きなんだと思う。
 親友なのだから、好きなのは当たり前。――そんな基準でルシアンは自分のボリスに対する認識を理解していた。
 かちん。涼やかな音で剣の手入れが締めくくられる。白い指をくすぐる髪が揺れて、ボリスがこちらを向いたのがわかった。
「そんなに俺の髪が好きか?」
 最近、良く触っている。剣を置いて、優しく微笑んでくれる彼はとても綺麗だ。穏やかに包み込み、静かな時間をもたらしてくれる優しい夜に似ている。
 軽く指を通して、髪と指で歪な網目模様。解いて、今度は指に巻く。
「好きっていうか…うん。好き、かな。ボリスの髪だし」
「なんだ、それは」
「そういう事なの!」
 仰向けに転がり、腕を振ってわざと彼の髪を跳ね上げた。
 何を思ってか、時折、こうやって理由を問うてくる時がある。初めはなんとか答えを返そうと頭を捻ったが、それも3秒で諦めた。それからは、好きなのは好きなのだから、それに理由は無いんだと言い張っている。実際、自分でも分らないのだから、答えようが無かった。ボリスの方もそれ以上、食い下がってくる事は無いから、結局、そのまま不完全燃焼中。
 ふと、暗くなった視界に、夜の色。唇に温もり。
「…触れるなら、こういう風にして欲しいな」
「何それ」
 わからない。不貞腐れてみせれば、また降りてくる優しい闇。肩が微かに震えた事で、彼が少し笑っているのが判った。――それも一瞬。ゆっくりと離れていく体温が身体から何かを奪っていくようで、咄嗟にまた長い黒髪を捉える。最も、その動作も殊、緩やかだったけれど。
 捉えた黒髪を抱き締めるように身体を丸める。
「ルシアン、風邪をひく」
「…うん」
 そっと、羽に触れるように頬を撫でる手のひら。短く返事を返して、今にも離れて行きそうな彼を、自分の存在で繋ぎ止められれば良いと願う。――安らぎに落ちていく意識の中で、手にした闇に口付けた。

「おやすみ、ルシアン。また明日」
 その声だけで、ああ、なんでこんなに安心するんだろう。

 答えはまだ意識の底。



ルシ片思い…と思いきや気付いていないだけ。ボリスはさりげなくキス魔(ぇ)
両思いだって気付いてるくせにあえて言わない確信犯(ぇぇ)
………あれ?また腹黒じゃないか?(ぇぇぇ)

2007/02/2