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スモーカー

「ねぇ、身体に悪いよ」
 煙いし。口を尖らせたルシアンを一瞥してからマキシミンはうるせぇ、と吐き捨てる。
「お前の身体じゃねぇんだから、俺の勝手だろ」
「あー!マキシミンは知らないんでしょ。煙草の煙は周りの人にも有害なんだよっ?」
 座り込んだ草原の、草の匂いに混じって咳き込みたくなるような独特の香りが――マキシミンにとってはそれは「匂い」ではなく「香り」だ――鼻腔を掠めていく。
 ルシアンがにじにじと膝をついて四つん這いで銜え煙草の口元まで寄ってくるのを鬱陶しく思いながら、ようやく落ち着けた腰を動かす気にはなれなかった。何が悲しくて、こんな世間知らずなお節介お坊ちゃまに自分の場所を明け渡さなくてはならないのか。どうせなら過保護な護衛や天然なお嬢様やオバサンのもとに行けば良い。――そんな事を思いながら、それが奇妙に意地の悪い卑屈な考えなのに苦笑が洩れる。今時、どんなクソガキもしないような大人気無い考えだ。
 耳元で延々といかに煙草が身体に悪いかを説明し続ける声を聞きながら煙を吐き出す。
「ねぇってば!マキシミン!聞いてる!?」
「んぁ?ああ、聞いてる聞いてる。赤ん坊はゼリッピが運んでくるっつー話だろ?」
「違うよっ!」
 やっぱり聞いてない!憤慨して赤くなる顔が微妙に泣きそうだ。ここで泣かせたら、あの恐ろしい護衛が大剣を振りかざして襲い掛かってくるのは目に見えていた。あの男は彼の事に関して無関心を装っているようで実はどんな事よりも神経を研ぎ澄ませている。今はここから少し離れた場所で打ち合わせをしているようだが…例え、どんなに離れた場所であろうとルシアンが嗚咽の「お」の字でも口から零そうものなら立ちはだかるもの全てを蹴散らしてすっ飛んでくるに違いない。ルシアン本人がいまいち気付いていないのが報われないところだが…。
 初めから語られ始めた煙草についての云々を聞き流しながら――――面白い事を思いついた。
「…で、だからね。…ねぇ、聞いてる?」
 笑いそうになる口元を押さえられなくて、微妙に歪む。
「聞いてる聞いてる。…だけどな。お坊ちゃまには分からないだろうが、口寂しい時には良いものなんだって」
 ガム噛んでるみてぇなもんだ。膨れた頬を横目にそう零して、また煙を吐いた。紫煙が青空に溶ける様はシャボン玉が弾けて消えるより憂鬱だと思う。
「もう!口寂しいなら他の何かで代用すれば良いじゃん!煙草よりずっと良いよ!」
「へぇ。じゃあ、お前が何か代わりを提供してくれんのかよ」
 ぴたり。動きが止まる。
「…代わり?」
「そう。代わり」
 代わり。代えになるもの。それと引き換えのもの。代用品。
「例えば?」
「俺に聞くのかよ」
 近い距離で、長い睫毛の藍色が瞬く。無垢で無知な双眸。護衛に護られて、傷つけられて、それでも捕まらない綺麗なもの。
「マキシミンが煙草止めてくれるくらい好きなものなんて分かんないもん」
 口寂しい時って何が良いのかな。本気で考えているのが至極、可笑しくて…ああ、ごめんね。お前の護衛に。俺も鳥かご持って捕まえに行くわ。
 煙草を指に挟んで、笑う。
「コレなら止めてやってもいいぜ」

 それは一瞬。舞い落ちる羽根が触れるよりも長く、けれど、時間にするにはあまりに短い間。

 さっきよりも近い距離で呆然とする大粒の宝石のような瞳の中に自分が映っている。
 奪ったそれの、存外、柔らかで甘い感触に不覚にも酔いながら、確かめるように己の唇を舐めて不敵に笑った。

「ちなみに俺はヘビースモーカーだ」

 ねえ。口寂しいんだけど?



お久しぶりです…。前作から更に世間様に喧嘩を売っているクロです。
久しぶりの更新がコレですよ!!ええ、そうですよ!!スランプのリハビリと称して拍手書こうと思ったらなんだか長くなったのでこっちに上げちゃいましたよ!!!(T△T)
マキルシなんてマキルシなんてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!……一度、やってみたかったんです…(死)
……もとが拍手用だったんで短いですね…。書き直さないと思うけど。
何が足りないって、色気が足りない(ぇ)

2007/04/20