うさみみ。
そんな物を着けて歩く馬鹿がどこにいる!――その言葉をボリスは気合と根性で飲み込んだ。
目の前を歩く後ろ姿は間違いなく自分の親友兼雇い主、ルシアン・カルツに他ならない。白いケープに白いコート。白いズボンに白い手袋。何より、彼の象徴とも言える眩しい金髪が風に揺れているのだから間違えよう筈が無い。しかし、ボリスは未だに彼がルシアンであるという認識を認められずに居た。勿論、根拠はある。――柔らかな金糸の中から、ぴょこりと飛び出た長く、白い耳。微妙に頼りなく曲がっているのが実にチャーミングな一品。だが、冷静に考えて、人間にそんな耳が生えている訳が無い。無論、装飾品だ。しかし、ボリスの経験上、それを堂々と装備して歩いている者など見た事が無かった。
ふぅ。思案し続けて既に十数分。これ以上、ストーカーのように影を追っている訳にもいくまい。
浅い深呼吸を一つ。
「ルシアン!」
呼びかけて、振り向いた姿に……ああ、やっぱり。――――ルシアンだ。足早に駆け寄ってくる姿さえ、その耳の所為で跳ねているように見える。
「ボリスー!!」
一気に注目の的。頭痛を覚えながらボリスは彼を引きずって路地裏に連れ込んだ。恥ずかしいったらありゃしない。
黴の匂いのする壁に押し付けて、顔を近づけ、凄んでみせる。薄暗さが不穏な空気を助長させていた。
「なんて格好をしてるんだ!」
だが、泣く子も黙るボリスの睨みも純朴天然素材、ルシアンには通用しない。
きょとん、と目を丸くして…次には頭上の白い両耳を軽く引っ張って、蕩けるような微笑み。
「えへ。良いでしょ、うさみみ」
「良いわけあるか!!また怪しい奴について行ったんじゃないだろうな!?」
「違うよ。これは自分で買ったんだもん!」
文句無いだろ!?そうのたまうルシアンは自分がどれだけ危険な状態なのか全く判っていない。ボリスにしてみれば今の彼は狼の群れの中を歩く白兎だ。実際、街中を歩いている最中、どれだけの男が邪まな目で彼の身体を舐め回していたか。自分が傍にいたから良かったものの、こんな風に路地裏に連れ込まれでもしたら…!
最悪の事態に思いを巡らせるボリスのマントが、くい、と引かれる。目を向ければ、少しだけ朱に染まる頬。
「あのね、お店の人が言ってたんだけど…」
待ってくれ。その顔はまずい。今は。無性に。――自然、桜色の唇に目がいくのは男の性だと思いたい。
「兎は寂しいと死んじゃうんだよ?」
その先は狼の口付けに奪われて。
ねこみみ書いたんだから、うさみみだって書きたいじゃないか。という欲求の産物。
…………この後、路地裏で最後までしてしまえばいいさ(ぇぇ)
仮想
「もしも、僕がボリスの敵だったら、どうする?」
唐突に言われた言葉が、妙な現実味を帯びていて、咄嗟に返事が出来なかった。
「……どうするって……どうしてそんな事を?」
「だって、シベリンさんとかレイとかマキシミンやイスピンは最初、僕らは敵だと思っていた。でも今は味方で、仲間だよね」
一度も合わされない視線が奇妙な感覚に拍車をかける。他人には必ず視線を合わせて喋るのが常である彼が虚空を見つめたまま話し続けるのが酷く滑稽で、嫌な不安を掻き立てた。
几帳面に重ねられた何かが微妙にずれているような居心地の悪さを感じて、平坦な声を聞きながらウィンターラーを抱え直す。
「だから、もしも、もしもだよ?僕がボリスの敵だったら…敵になるようなことがあったら、どうする?」
「それは…」
そんな事は、考えた事が無かった、のかも知れない。そもそも、ルシアンが敵に回る事など有り得ないと言っても良い話だろうと思う。敵になる、という事は即ち、黒衣の剣士の側につくという事だ。あちら側について彼に利があるとも思えない。だが、もしも。それこそ、もしも、ルシアンがその剣の切っ先を向けてきたなら…自分はどうするのだろう。犠牲を払う事も仕方ないと思えるくらいには自分も愚かではない。しかし、それが本当に必要なのか、と思った時……果たして己の刃を濡らす事が、出来るのだろうか。
くすくすくすっ。不意な笑い声に思考が途切れる。――やっと合わせてくる視線はいつもの気まぐれ猫の色。
「冗談。大丈夫。傍にいるよ」
それでも、彼は味方だとは言わなかった。
結局、答えは見つからないまま。
誰もが一度は書いてみたい黒ルシ。
この話のルシは預言者側についてみたりとかしてれば萌えかもしれん…。
敵同士で騙し合い駆け引き万歳。
シンプルポスター
――ボリス・ジンネマンを探しています――
そんな張り紙が張られたのはナルビクのある午前中の話だ。それも一枚じゃない。律儀な――傍迷惑とも言う――事に5メートル置きにその貼り紙は張られていた。
文字だけの簡素な貼り紙。連絡先も、探し相手の容姿も何も表記されていないそれは探し相手が羞恥で出て来れない程にばら撒かれている。――そんなわけで、件の男、ボリス・ジンネマンはブルーホエールの片隅で軽く軟禁されていた。勿論、強要されている訳ではないので出る事は可能だが、そんな話を聞いて堂々とナルビクのメイン通りを闊歩出来る程、根性座ってはいなかった。
情報集めに奔走している間になんて事してくれるんだ。今もぺたぺた貼り紙を貼っているだろう親友に恨み言を送りながら、カウンターに伏す。
そのがっくり落ちた肩をちょんちょん、と誰かがつついた。なんて鬱陶しい。
「悪いが、後に…」
「ボリスみーつけた!」
花が咲くような明るい声。ふり返って、顔の近さに驚いた。…それも一瞬。すぐに元のポーカーフェイスを貼り付けて、予想通り、例の張り紙の束を持つ彼の手元に目を落す。
「なんて事やってるんだ」
語気を強めてみるも、脱力が勝っている所為でいまいち迫力に欠ける。一方、ルシアンはぷぅ、と頬を膨らませて仰け反った。
「ボリスがいけないんだよ!僕を放ってあちこち行っちゃうから!」
だからコレは報復!腰に手を当てた拍子に貼り紙が数枚、腕から逃げる。それを拾ってやって、溜息。これはどうやら自分が招いた厄だったらしい。
「わかった。明日は一緒にいる」
「だーめ!今日も!」
眉を吊り上げて……参ったな。本当に臍を曲げてしまっている。
「…わかった」
呆れながら、口元には苦笑だけ。
「あ。そうだ」
「ん?どうしたんだ?」
「この貼り紙ね、他の町にもいっぱい貼ってきちゃった」
ナルビクが一番最後だったんだよ。――暫く、ナルビクから出られない、とボリスは瞬時に悟った。
何故か一番人気があったのがこの話…。可愛いのが書きたかったのですが…初めて成功した、のか?結局は一番最初と一番最後が書きたかっただけ(笑)
しつこいようだが、この騒動で暫くルシとナルビクでデートでもしてれば良い。
2007/01/XX(忘れた…) |