お前がオレの期待を悉く裏切ってくれているのはよく分かった。
体育のお時間・りたーんず
目の前の少年の姿を頭髪一筋から爪先数ミリまで丹念に眺めて、ユンは腕を組んだまま溜息をついた。――有り得ない。
珍しく真面目な授業――そうは言っても身体能力試験だ――で体操服がいるから、とアトリエで仏頂面で縫い物をしていたのを覚えている。自分のだけではなく、リリアやエトの分まで押し付けられたのだから、顔色がいくら悪くてもそれは仕方ない。しかし、傍らで聞いていた自分としては、常時、着崩す事の無い彼の肌を目に出来る絶好の機会だった訳で…まあ、正直に言ってしまえば楽しみにしていたと言わざるを得ない。
黙々と準備運動をするロゼをもう一度、目にして、また溜息。
「……もう少しサービスがあっても良いと思うのだがな…」
思わず、眉尻が下がる。
馬鹿にする訳ではないが、芋色はどうかと思う。何が、といえば身を包み、肌を隠すジャージについて。――見るだけで野暮ったくなる色のそれは分厚い布で丈夫に縫ってあった。服飾としての出来を考えるならば上出来だが、今はそれが憎くて仕方ない。身体の線が全く分からなくなるくらいに適度にだぼついたそれは腕や脚は勿論、首元まで隠してしまっている。
はぁ。もう一つ、溜息。
体操服といえば、動きやすいように設計されたものの筈で、間違ってもこんな野暮ったい衣装では無いはずだ。
密かな落胆にユンが頭を抱えそうになった刹那、ロゼの手が――ユン曰く――野暮ったいジャージの下衣にかかった。
身を少し屈め、厚い布を脚の線に沿って下ろしていく白い手。突き出された腰の瑞々しい張りは見事な曲線を描き、その下に履いていた短い丈のズボンから伸びる雪色の脚が陽の光を眩しく返す。大気の冷たさに僅かに戦慄く腿が暖を求めて擦り合わされば、脚の付け根に集まる布の皺が目を惹いた。
脚から布を抜き、姿勢を正すロゼの腰部を辛うじて隠すジャージの上衣と露出した脚の差異が言い知れない欲を燻らせる。――肌を晒すのに慣れていないのか少し所在無げに彷徨う青い瞳が可愛らしい。
次は上を脱ごうと首元のファスナーに手を掛けたロゼの細い手首阻むように、ユンの手が掴む。見上げてきた顔は心なしか淡い桃色に染まっていた。
「…な、なんだよ…」
何時に無く真剣な身を引こうとした彼は次の瞬間、少しでも真面目に相手をしようとした事を後悔した。
「今のをもう一度やってくれ」
「…あんたが変態なのはよーくわかった。覚悟はいいな?」
断罪する理由は十分だ。
体育のお時間再び。
体育の時間は浪漫の時間だって信じてる!!(間違った解釈)体操服とかジャージとかちょっとしたチラリとか、あの45分には浪漫が詰まってるんだよ!
……というのを、ユンに表現して貰いました(迷惑!)だってユンはOTKだもの…。
「ちょっ、やめっ、だめだ!」
そんな事を言われたら余計にやりたくなる。
○○のお時間
焦った顔のロゼを見下ろして――この身長差がいつも彼を怒らせる原因の一つのなのだが、こればかりはどうしようもない。――、ユンは涼しい顔で返してみせた。
「何故だ?問題ないだろう?」
手にしたそれをロゼの視界に入れさせながら、空いた手で滑らかな白い頬に触れる。
さらりと指を掠める青い髪が逃げるように俯く様は、勝気とまでは行かないまでも、それなりに矜持のある彼にしては珍しい。抱きつくように腕に絡められた細腕の温もりを暖かく思いながら、ユンの手は頬の柔肌を堪能する事を止めない。
揺れる双眸。言葉を紡ぐ唇は開いて、躊躇って、結局、また開いた。
「そんなの、困る…」
詰まったのような弱々しい声音も彼にしては珍しいものだ。こんなにしおらしい彼はそうそう見られない。
「入れられたら…困る…」
「そうは言ってもな…オレが困るのだが…」
そう。これを入れなければ自分が困る。これ以上、我慢させられるのは、いくら自分でも不本意だ。ロゼがどんな可愛い顔をしようと、それは熱を煽るだけで、今、この問題を解決するには至らない。――万一、解決する事があったとして、それはきっと二人がこの問題を忘れ去る程の出来事が起こった時だ。欲を言えば、そうなったとして、別段、こちらには何の問題も無いが、彼には問題だろう。
「…仕方ないな…」
いっそ話を脱線させてしまいたくなる衝動を抑えながら、ユンは拒否を示す腕ごとロゼを抱き込んだ。――ふわり。落ち着く香り。呆気に取られたロゼをこのまま寝室に連れ込んでしまいたいが…それはこの後だ。
顔を埋めた髪の匂いを吸い込み、ちゅう、と一つ額にキスを落として…
ちゃぽん。
「あ…ああああああああ!?」
ロゼの悲鳴を背景に、ユンは漸く手にしていたそれを鍋の中に入れた。
刹那、蒼白になった顔を瞬時に真っ赤に染めた腕の中のロゼが自分を戒める温もりにしがみ付いて煮え立つ鍋の中身を絶望的な目で覗き込む。
「あ、あ、あんた、何してくれるんだ!」
「何、と言っても、カレーにスパイスを入れただけだが?」
放し難くなった暖かさに和みながら、しれっと返すユンには反省の色など微塵も無い。
「辛くなるじゃないか!」
「カレーは辛いものだろう」
「あんたは邪道だ!」
甘いカレーこそ邪道だろう。これまで何回も甘いカレーをなんとか食べてきた自分としてはこれ以上は我慢出来ない。喉元まで込み上げた言葉を辛うじて飲み込み、今にも鍋に飛び掛って蜂蜜だのチョコレートだのを入れかねないロゼを戒める腕に力を込める。存外、身のこなしの早い彼に中身をいじられたら、それこそカオスだ。――まあ、ロゼも料理音痴ではないから不味くはならないだろうが…ああ、そう思ってしまう辺り、自分は彼を溺愛しているのだろう。
奇妙な自覚に一人、頷くユンを見上げて、ロゼが呟く。少し涙目なのは夕食の辛さを想像してだろう。
「……デザートは、甘いな?」
いじけた声音に目を見開いて、つい最近、妻を得た火のマナは愛しげに微笑んだ。
「ああ。期待しておけ」
とびっきり甘いのを用意してやる。
ミスリードは当家の十八番。一般教科をヤる以上、一つは入れないと気がすまない!
というわけで、家庭科のお時間…もとい、夫婦の台所攻防戦でした。誰ですか?攻防戦の場所が深夜の寝室だと思っているいやんな人は!(お前だよ!)
ユンのカレーは本格的だと思うんだ…だから甘党のロゼは毎度毎度、ちょっと涙目で食べてると思うんだ…で、ロゼが作るときはユンが甘さに耐えている、と。
「将来の夢?僕のお嫁さん、って書いとけば?」
殴り飛ばしても構わないか?
国語のお時間
将来の夢、なんて、そんなくだらない作文は今時、どんな幼子だって書かない。だが、それ以上にくだらなかったのは自分が通りすがりのこの男にそれを相談した、その行為自体だろう。
返って来た応えに落ちてしまった顎を元に戻せないまま、ロゼは虚空に目をやって考え出した彼を見ていた。
「マナを世界から無くしちゃえば、僕もそこそこ暇になるし…マナに頼ってないから将来安泰だよ?料理だって出来るし、君をいろんな意味で満足させる自信もあるしね」
どんな自信だ。きっと果てしなく馬鹿げた根拠に違いないが、それを聞いたが最後、なんだか元には戻れない気がしている。何が、とはあえて言えないが。
「容姿については君の好みになっちゃうけど、少なくとも、僕はあの野良マナには勝ってると思うんだよね」
野良マナといえばあの守銭奴マナ以外に有り得ないだろうが。しかも、彼に勝っているというなら、この男は言外に自分が最も容姿が良いと涼しい顔で公言している事になる。――――流れる銀の髪は月よりも凍える刃の色に似て、陽光を弾く。上質の紅玉の如き双眸が微笑めば、世の女は溜息をついて、その逞しい肩にしな垂れかかるだろう。
眼前で黙々と勝手に将来設計を語るルゥリッヒは、病的なそれさえなければ囁きに腰が砕ける程の美丈夫だった。
「剣の腕も君より上だし、何より、僕は君さえいれば浮気なんか絶対しないし」
失敗した、と密かに視線を漂わせるロゼの耳に入り込む声音は確かに熱を煽る美声だが、やはり少々公には言い辛い雰囲気がそれを台無しにしている。
「ああ、でも君が浮気したら、お仕置きは覚悟して貰わなくちゃいけないかもね」
そのお仕置き内容はどんなに遠慮するなと言われても絶対に聞きたくない。いよいよ不穏な熱を孕んできた声音に背筋をなぞられながらロゼは逃げ道を視線だけで必死に探した。――畜生。本当に失敗した!いくら投げやりだったからと言って、こんな奴に訊く事は無かったのに!
かさり。足元の草を踏み締める音が近づく。
「君を永遠に世界で一番愛する自信があるよ」
幸せにするかどうかは別問題だろう。―――― 一歩退きながら、引き攣った喉の奥で言葉か絡まる。
細められた赤い瞳。緩く、愛しげに弧を描く口元。少し小首を傾げてゆったりと歩を進める彼の立ち姿は溜息が出る程、美しい。この腕に抱かれたなら、この声で耳元を擽られたなら、きっと砕けた腰は二度と元には戻らない。舞うように剣を振るう腕に縋り、その寵愛を受ける事でしか生きられなくなってしまいそうだ。
射抜くような視線が、途端に恐ろしくなった。
近づく足音に震えて縺れそうな脚を叱咤したロゼが身を翻すのと、振り払うように振られた腕をルゥリッヒが素早く掴んだのは同時だったように思う。
怯えて振り返った青い瞳に優しく笑いかける端整な顔。
「と、いうわけで。僕ってかなり好物件だと思うんだけど?」
「は?」
だから、それがあんたの格をがた落ちさせているのに何故気付かないんだ!
昔、書きませんでした?将来の夢〜みたいな作文…という国語のお時間の話。
当家のルゥは変態・人でなし属性になりやすいようで…これはマイルドな方ですね(ぇ)ルゥ自身はわりと本気です(笑)密かにユンに対抗心を抱く大人気無さ。
要は最後の一言が言わせたかっただけの一品なんですが、中々楽しかったです。
ちなみにマナケミア内での一番の好物件はユンだと思ってます。有能万歳!
2008/07/13 |