白木蓮のようだ、と誰かが言った。
マグノリア・ブロッサム
その肌を現す言葉を探すなら、それは繊細な花の色の中にこそある。
下手に触れれば赤い筋を残すような滑らかなそれは柔らかく瑞々しい花弁ようだと、昼下がりの陽光に白く縁取られる如く淡く光を帯びるロゼの頬を、首筋を、指先を見ながら、ユンはぼんやりと脳裏で呟いた。
少し力を加えれば簡単に落ちる花弁のように、目の前で黙々と課題をこなす彼は繊細だ。寧ろ、脆いと言ってもいいだろう。彼自身がそれを認める事は決して無いが、長く生きている者にとって、内に秘めた「今にも壊れそうな何か」を感じ取るのは存外、容易い。そして、それを思う度、ユンはロゼの肌に無性に触れたくなるのだ。
音も無く動かした片手が、欲のままに白い頬を捉える。振り向いた顔が、まるで触れた手のひらに擦り寄るようだった。
「…ユン?」
どうした。問いかける声音に含まれた少しの驚きが彼を年相応に見せて――嗚呼、愛しい。
「……昨日、」
「ん?」
「ゴトー達と飲んだ際に真っ白なカクテルを見た」
言いながら、親指で撫でる頬の、絹のような感触。
昨夜の酒の席を思い出す片手間、違う意識で違うものを思い起こす。
「マグノリア・ブロッサムというらしい」
真っ白な、酒だった。生クリームが入っていると聞き、甘いのだろうと予想して飲みはしなかったが、その白さが印象的だったのを覚えている。
「それで?」
先を促す言葉が何故か嬉しくて、けれども、浮かんだ微笑は明るいものではなかったのかもしれない。
思い描くのは――――白木蓮。
「お前のようだと、思った」
花弁の如く触れた刹那にひらりと朽ちる幻想を打ち消したくて、今度は彼の頬を両手で包んだ。
お酒飲めない癖に書いてみたお酒シリーズ。
マグノリアは木蓮の事です。どっかのお店のオリジナルなのかそうでないのかは分かりませんが、真っ白なカクテル。
白といえばロゼの肌は白いよね!という妄想の連想から生まれたSSS。
…だって、戦闘で控えのメンバーにまわってるときのロゼは他の人と明らかに肌の色が違いますよ!美白美白!(もう黙れ)
子供扱い出来なくなったらおしまいだ。
ホットカシス
眠れなくて部屋を抜け出した子供の襟首をひっ捕まえたのは少しばかり前の話だ。いつものように見回りに出た先で見つけた、ふよふよと揺れる錆色に溜め息が漏れたのは言うまでも無い。しかも、叱ってやっても反省が数分程度しかもたないのだから、困ったものだ。
はぁ。説教を名目にルーウィンを教員室に放り入れたクォルファは沸かした湯をカップに注ぎながら溜め息をついた。
「全く…貴様は一度、学則を書いて覚えた方がいいな」
「しょうがないじゃん!眠れなかったんだから…」
ねじ込むように無理矢理、座らせた椅子から罰悪そうに見上げてくる深柘榴の双眸にもう一度零した溜め息が湯気に溶ける様を眺めて、どうしたものかと悩むのは彼が魔術の部に行ってしまって以来だ。もう彼の事で頭を悩ませる事は無いだろうと思っていただけに、不意打ちに似た今夜のこれはどうにもクォルファにとってよろしくなかった。
ポットを持ったまま、目を落とした二つのカップの片方を見た紫鳳菫の瞳が細く歪む。
白いカップの中で揺れる、ルーウィンと同じ色の赤。湯を注ぎ、薄めても大して色味が変わらないのはそれを濃く入れすぎたからなのか、初めから薄めて飲ませる気がなかったのか。――こんな身でも、浅ましい考えが浮かぶものらしい。我ながら小賢しいと思いつつも、椅子で膨れっ面を晒す彼を振り返るまでにいつもの表情に戻れる自分は、きっと綺麗な彼には似合わない。
「これを飲んだら帰れ」
「?なにこれ?」
手に押し付けて、無言で促せば、疑いも無く口に含む無垢さ。液体を嚥下する細い喉があまりに無防備で…それが危険だと、育ててくれたという祖母は教えてくれなかったのだろうか?それはそれで、卒業した後が心配だと思う。疑う事を知らない訳ではないが、一度、認めてしまった相手に心を許しすぎるのは彼の美点であり、弱点だ。それを利用されなければいいが。
静かに時計の音を聞くクォルファの視界の中で、錆色の髪がさらりと揺れた。
「…おいしい…けど…なんかクラクラする…?」
ちびちびカップに口をつける彼の唇の、柔らかそうなふくらみに視線が行ってしまったのは、ふいに呟かれたその声音が思いがけず、甘い色香を帯びていたからだ。
瑞々しい唇。ちらりと見える小さな舌の艶。慌ててそらした目線の先の頬は有り得ない錯覚を起こしそうな程、鮮やかな薔薇色で、しまった、と思う前に彷徨った視線が次に捉えたのは落ちかけた瞼に隠されそうな、潤んだ瞳だった。
今し方飲んだカップの中身のように揺らぐ、深柘榴。――最悪だ。熱が、上がる。
「……眠く、なってきたんだろう。子供は暖かくなると眠くなるそうだからな」
紡いだ言葉は、いつも通りでいられただろうか?渇く喉を潤そうとカップを煽った仕草すら、付け焼刃の下手な芝居のようだ。
妙に聡いルーウィンがそれに気付かなければ良いと思いながら、気付かれたなら気付かれたでなるようになってしまえば良いと思うのは教師として失格だと思いつつ、この距離のもどかしさも、抱く熱の温度差も、立場の違いも、全てを超越出来る関係に…例え強引にでもなれたなら、と現実逃避のような夢想をするくらい今の状況は好ましくない。
これ以上、失態を晒す前にどうか落ちてくれ、と願ったのと、彼の赤い双眸が完全に隠されたのは――最早、奇跡のようなタイミング。
「子ども扱い…すん、な…」
最後の悪態を口の中に溶かして、漸く意識を沈めたルーウィンの手から落ちそうになったカップをそっと受け取ってやる教師の口から、熱を孕んだ溜め息が零れた。
「馬鹿者。これで済まなくなったら困るだろう」
お互いに。
触れた唇から香ったのは、仄かなリキュール。
お酒飲めない癖に書いてみたお酒シリーズ。で、実験!(笑)初のAven○ura、クォルファ×ルーウィンでした!
ふははは!私だけ楽しかった!わかってる!!意外と難しかったけど後悔してない!(ぇええ)
クォルファ×ルーウィンは教師が鈍感な生徒にじりじりさせられている感じがするのでこんな事に。据え膳。だって、教師と生徒で…とか犯罪ですよ、犯罪(今更)
ちなみに、飲ませたホットカシスはクレーム・ド・カシスに熱湯を注ぐだけ、という代物なのだとか。濃い目で飲ませたクォルファ先生はきっと無意識に据え膳上等イタダキマスな感じだったのかもしれません…(先生に謝れ)
※新型男主で名前を「センカ」で統一しています。
そんなに甘くない。
マラスキーノ・チェリー
毒々しいくらいの赤だと思う。ライブラリで見るそれはいつも顔を顰めざるを得ないような色で妖艶なさまを主張してくるが、彼はそのプラスチックのような色合いを生理的な理由から好きにはなれなかった。
淡い光を放つターミナルを眺めて、どれくらい経ったのか。ふと背中に感じる他者の体温に肩を揺らしたセンカが振り向いた先で、黒檀の髪がさらりと揺れた。
「凄い顔で調べ物してるな、お前…」
端整な顔が近い。鼻腔を擽る煙草の香りは顔だけでなく、物理的にその存在自体が近すぎるからだろう。背中から腰、ともすれば脚にまで絡んできそうな体温。ターミナルに触れるために背後から伸ばされた逞しい腕が、恰も自分が抱き込まれているような錯覚を生ませる。或いは、閉じ込められているような。
耳を掠めた吐息と共に流し目を送られて、眉間に皺が寄った。
「……リンドウ先輩…」
「こら、敬愛すべき上司を相手にそんな顔するんじゃない。…で、可愛い部下が可愛くない顔で何を見ているかと思えば…」
するり。腕から抜けようと捻った腰に、ターミナルに触れるのをやめた腕が絡む。強く引き寄せられた身体を侵食するように滲む、他人の温度。
お世辞にも逞しいとは言えない肩――どうやっても華奢の領域から出られないのは栄養云々以前の問題らしい――に顎を置いてくるリンドウの行動はいつも理解出来ないと思いながら、センカは小さく息をついた。
言葉を紡がれるたびに頬を掠める吐息の熱が何か意図してのものなら、相当に悪趣味だ。
「マラスキーノ・チェリー、か」
実物を見た事はないなぁ。思い出すふりをしながら頬を摺り寄せてくるのは慣れていて、だから、少しだけ首を動かして出来る範囲で離れてやる。そうしても懲りない上司は、今度は晒された首筋に顔を埋めて唇を当てて来るのだけれど。
普通に話すつもりで、けれど実際に口から出たのは存外、冷たい響きの単語だった。
「嫌いなんです」
それ。語調はまるで憤りを含むかの如く。
「…嫌い?あんなに熱心に眺めていたのにか?」
意外、だったのだろうか。今にも白い肌を舌先で擽ろうとした男の動きが止まる。
目線はターミナルに映る、毒々しいそれに向けられたまま。今度、零した声音が先程より人間味を帯びていたのは、意識して唇を動かしたからかもしれない。
「ええ、嫌いなんです。わざとらしくて、作り物ののようで、食べたら死にそうで」
わざわざチェリーを酒に漬ける意味が分からない。言いながら、また眉間に皺が寄って行く。嗚呼、本当に、生理的に無理だ。こんな毒林檎より凶悪かもしれないものを可愛いと思える日はきっと来ない。連想するものが悪すぎる。
いつまでもこんなものを視界に入れておく事も無いだろう。そっと伸ばした指先は、しかし、画面に触れる事無く、覆うように伸びて来た手に囚われた。
「それなら、俺は何度も死ななきゃならないな」
黒髪の隙間から覗く双眸が、艶めく唇を前に薄く微笑む。
「俺の知ってるチェリーは甘くて癖になる」
まるで獲物を前にしたアラガミのように目を光らせて乾いた唇を舐めるから、その腕に抱かれた彼はいつも腰を撫でる大きな手に爪を立てるのだ。
「貴方がそう言うから、僕はそれが嫌いなんです」
それが一番の理由。
お酒飲めない癖に書いてみたお酒シリーズ。で、実験してみた!GEでリンドウ×男主。
書いてる最中は…うん。楽しかった。思いがけず凄く楽しかった。こういう雰囲気を書くのは久しぶりだったので、ちょう楽しかった。私だけな!!(自覚済み)
感覚的にはリンドウ→→→男主くらいの勢いで(ぇ)
当家の男主は通常→天然・無感動、リンドウ相手→微険悪、くらいだと萌えます。私が(…)ソーマ並みに極力、個人名は呼ばない性質だとイイです。先輩、とか、上官、とか、階級呼びでも萌える…。
リンドウさんはいつかセクハラで訴えられそうなくらい男主にべたべたしたりエロい事囁いてたりすればイイ。
え?これだけお酒じゃないだろうって?だって、どうしたらいいかわからなかったんだ…!!(訳:力尽きました)
2010/05/14 |