その手を、その声を、その唇を、知っている。
ワンスアゲイン
「彼」はまるで幻想小説のような外套を纏っていて、黒いそれが青い髪と白い肌に良く似合っていたのを覚えている。瞬く青い瞳、眩しく光る剣を操る細腕とその指先。妙に大人びた雰囲気を作る憮然とした表情の彼に声をかけて、白い頬を朱に染めさせるのはいつでも自分の役目で――――夢は大抵、そこで終わりを迎える。
ありふれた夢の語。それが所謂、前世の記憶だと思い始めたのは「彼」と「己」の「最期」を見てからだ。
細い細い細い手が白く白く白くなり、褥の上にぽたりと落ちる。か細く囁かれた言葉が酷く印象的で、その日は思わず泣いて目が覚めた。ゆっくりと、けれど確かに動く、色を無くした唇に口付けた冷たさが現実のもののようで、暫く震えが止まらなかったのを覚えている。言葉すら凍る慟哭。今の己と同じ「ユン」と呼ばれる自分であったものがどれ程の悲しみを叫んだのか、その時はただ湧き上がる根拠の無い後悔に唇を噛み締めるしかなかった。
しかし、劇的ですらあった「彼の最期」の後に見た「己の最期」は酷くあっけなかったように思う。
一言で言うなら、溶ける感覚。細胞が皮膚からばらばらになり、何かに、強いて言うならば世界に溶けて行く無重力感の襲来。目を閉じて、それだけで思い出せる死の感覚は、そうであるにも関わらず恐怖とはかけ離れた安らぎに満たされていた。
そうして、思うのだ。――――嗚呼、「ユン」は「彼」にまた会いたかったのだ、と。そして、自分もまたそう思っている事を自覚する。
「……ン!ユン!」
ぱん、と叩かれた背に、急激に音が戻ってくる。
「あ…ああ…悪い」
「しっかりしろよ、らしくないな…新入生に良い所みせなきゃなんないだろ?」
新入生。高校生にもなって、そうはしゃぐ事でも無いだろうに。賑わう昇降口ではりきっているのは勧誘に精を出すどこぞの部員くらいだ。薄情な事だが、今日もアルバイトの予定を脳裏で確認するユンにはどうでも良い話である。
「…別にバイトに影響が無ければどうでも良いんだ、が…っ」
めぐらせた視線が、止まった。流れる人の、その向こう。
青い、青い、水の色。白い肌。細い指。
「ロゼ…?」
呆然と呟いたその声が届いたかは定かではない。けれど――――彼は確かに振り向いた。青い瞳。夢の中、涙を零した水の色。
「ユンー?ぼーっとすんなよ!」
「…!ああ、すまない…」
後ろ髪引かれながら後にしたあの場所で、友人に引かれていった赤色を青い双眸が見送っていた事を、彼は知らなかった。
「ロゼ?どうしたの?」
「え、ああ…知り合いに、似ていた気がして…お嬢様は覚えが無いですか?」
「……覚え、ね。思い出すのを手伝ってあげる事くらいならやってあげない事はないわよ?」
意味有りげに笑ったのは、記憶の奥で仁王立ちした彼女と同じ、金髪の幼馴染。
何だか急に萌え滾った転生モノ。
皆仲良く転生してればいいよ!!全員記憶ありで!!今度こそ幸せになるんだ大奮闘記!(…)
それはそうと、前世ロゼは病で若くして亡くなったというとんでも設定です。ユンはその後、コロナを立派に育て上げて送り出した後、消滅モドキしてしまえばいいよ(酷)で、同じ輪廻の中を生きる、と。ご都合主義!
しかし……楽しかったな、コレ(笑)
※「花盗人〜」設定のIFバージョンです。
もう一度、やり直せるなら。
リスタート
「ステルクさんのお嫁さんはきっと幸せですね!」
そういった彼女が傷つける意図を持っていたとは思わない。彼女はどこまでも優しく、愛らしい女性だったから。それを最初に知ったのは自分で、それに確かに恋情を抱いたのも自分で、けれど、彼女の隣に立ったのは自分ではなかった。ただ、それだけの話だ。
人好きのする性格である彼女が男性に熱の籠もった視線を向けられるのは必然ともいえるもので、実際、自分もそうだったのだから、他者を責められる立場ではないのは理解しているが、何も、これは無いだろう。
王妃になるなんて。
これが市井の者だったなら、その細い肩を捕らえ、負けじと求婚でもしたかもしれない。しかし、よりにもよって王の妻だ。騎士として張り合う事も許されず、逃避の為に目を逸らす事すらも出来ない。挙句、王妃など荷が重い、自信が無い、と言う彼女に建前ででも慰めの言葉を掛けた自分に投げられたのがあの言葉だ。絶望より酷い暗澹の感情。あの場で取り乱さなかった自分が正しかったのかすら分からない。取り乱して、抱き締めて、行くな、とでも言えば何か変わっただろうか?否、そうとは思えない。王命は絶対だ。ロロナが強く拒否でもしない限り、撤回される事は無いのだと、騎士たる自分は良く知っている。
その中で「やり直せたら」と思ったのは確かだ。出会った頃に戻れたなら、せめて、もう少し前、王が命を下す前に想いを伝えられていたなら。国を挙げての華燭の典の前夜、眠れぬ頭を抱えてそう思った。
それが、どうだ。何だ。この目の前の現実は。
「お客さんですか?」
くりくりとした瞳。さらりと揺れる亜麻色。瑞々しい唇と、耳に馴染む小鳥の声音。最後に見た彼女よりも少しばかり幼く見える「彼女」は確かに自分が想いを寄せていて、明日、国王陛下の隣に立つ事になる女性で――――否。果たして本当にそうだろうか。あの時の彼女はそうだったとして、「今」の「彼女」はどうだ?
記憶が正しいなら、自分が今し方入ってきたらしいこの家は暫く自分と彼女が暮らした、彼女のアトリエだ。見間違えるはずも無い。しかし、粒さに見れば、色々と足りないものがある。例えば、釜の上の壁にあったはずの星だとか、部屋の隅の雪だるま。危なっかしい大砲に、机の上の地球儀。記憶の中にあったはずの物が何一つ無い。
これは。これは、つまり。
戸惑いながら己の名を伝えたステルクに、にこりと笑った彼女が言う。
「じゃあ、スケさんですね!」
「………ステルクと呼んでくれ…」
やっぱりこうなのか。項垂れながら、気の抜けるような優しさを、もう一度。
今度は捕まえてみせる!
まさかのジオロロ前提逆行ステルクさん(ぇええええ)
いやいやいや、書いてる私も「ええええええ」ですよ!初めはステロロ転生でヤる気満々だったのにいざ書いてみたら失恋後逆行オチのステルクさん…!いくらなんでもそりゃないぜ!(自分で言うか)
まあ、何にしても、二週目のステルクさんは一週目とあまり変わらない感じを装いつつ、ロロナへのアプローチは結構あからさまになってるんだろうな、と思います。多少積極的スケさん万歳!見事、ロロナを嫁にしたら毎日らぶらぶしてればイイですよ!
2010/09/23 |