シンドローム
「『アリスは穴に落ちてしまいました』」
読み始めた本の一説を音で読み上げて、ルシアンはそれをぱたりと閉じた。…もう、興味の欠片も無い。だが、それも仕方の無い事だ。何せ、これを読むのは十数回目。分かりきった展開。分かりきった幕切れ。これで飽きない訳が無い。
ぷぅ。頬を膨らませて、一人ぼっちの部屋を見回す。――非番がこれほどつまらないものだなんて。
「へんなの」
本を読むのは嫌いではない。そこから学ぶものは多いし、知っていて損な物はほとんど無い。端的に言って、ルシアンは本を読むのは好きだった。
ごろんごろん、とベッドに転がって、傍らに件の本を投げ出して、もう一度。
「へんなの」
誰も、探しに来ないなんて。
「へんなの」
物語の中の事とはいえ、それはとても可笑しな事だと思う。突然居なくなったはずなのに、誰も探しに来ないなんて。
自分なら、誰が探しに来てくれるだろう?父親?母親?執事かメイドか。…あとは。
「ボリス…来てくれる、よね」
零れた疑問形が、胸を抉った。
ウサギを追って穴の中に落ちてしまったアリス。けれど、誰も探しに来ない、寂しいアリス。
――――さあ、早く捕まえて。
誰もが一度はやるアリスネタ。
ルシは明るいようでいて実はちょっと孤独だと萌えます(ぇぇ)
そこでボリスが助けに来てくれるともっと萌え…(殴)
シンドローム
「『アリスは穴に落ちてしまいました』、か」
ぱたり。序盤すら読まないで閉じてしまった本をサイドテーブルに置いて息をついた刹那、傍らで寝息を立てる相方が寝返りを打ったのを褥の振動で感じ取り、軽く上掛けを掛けてやる。
ボリスが帰ってきたのは夕の刻をとうに過ぎた頃だ。さぞかし機嫌を損ねているだろう親友を訪ねたものの、うんともすんとも言わない扉の向こう。気配から居留守を使っている訳でもないらしい、と扉を開ければ――鍵も掛けないとは何て無用心!――出迎えたのは膨れ面ではなく可愛い寝息。読書をしているうちに寝てしまったらしい。
このままでは冷えてしまう。せめて上掛けを、と近づいたところで見つけたのが件の本だった。――ルイス・キャロル著「不思議の国のアリス」。物語自体はありふれたパラレルワールドを舞台にした童話だ。
「くだらない」
焼けた背表紙を一瞥して、溜息と共に罵倒が転がり出る。誰も聞いていないから言える事だった。
「…くだらない」
この物語は酷く利己的な心理で描かれている。現実主義のボリスには歯痒く、憤りを覚えるようなものだ。――この手に触れる金色の髪と滑らかな肌だけが確実に此処にある証。虚勢を張った妄想は要らない。
「お前は、俺だけに落ちてくれれば良い」
本を切り刻みたい衝動を、吐息を奪うキスに換えた。
ああ、手に入らないなら羽を手折って閉じ込めてしまえば良いなんて、誰が言ったんだろう。
単体でも読めるようにと書いたつもりですが、結局、ルシVerを見ていないと良くわからないボリVerのシンドローム。
……クロさんちのボリは腹黒で決定稿のようです(何)
無線
「ねぇ。僕が居なくなったらボリスは探してくれる?」
「居なくなったら?」
「そう。居なくなったら」
顎に手を当てて考える姿が酷く大人びて見える相棒は「もしも」の話にはあまり付き合ってくれない、酷い酷い現実主義者。
「…そうだな。探す、かもな」
「本当!?」
「ああ。どうせどこかで迷子になっていそうだからな」
「ええっ!何それ!酷くない!?」
対して僕は「もしも」の話をしたがる半理想主義者。
「事実だろう?」
「むー。良いもんね!僕はボリスの事、ちゃーんと探すんだから!!」
「ふぅん?そうなのか?」
何かを含めるように笑う彼に、胸を張って言う。
「そうなの!ボリスが居なくなったら、どこまでもどこまでも探しに行くよ!」
どこまでも、どこまでも。ずぅっとずぅっと遠くでも。――ねぇ。少し、伝わった?
描写が面倒だったので会話だけにしよう、と思ったのは…本当のことだったり(笑)
シンドローム後の二人だと思っていただければ良いな、と。
ルシの破滅具合とボリの破滅具合が書けて、素敵に満足でした。自己で(おい)
2007/02/13 |