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 おっかないおっかないおっかないおっかないおっかないよぅ。

怖い人

 ばきん。
「ふわっ!?…あぁぁ…」
 真ん中から綺麗に真っ二つになった甘露の枝を手に、ロロナは今日、何度目かになる悲壮に満ちた声を上げた。無残な姿になってしまったものは今、手にしているもので丁度、五つ目。ここまで無駄にしてしまうと最早、偶然だとかうっかりだとか言う言い訳も虚しくて、ただ、意味の無い文字の羅列を呟くしかない。
 折角、見つけた枝を折ってしまったショックに瞳を滲ませる彼女の耳に、隠し切れないとばかりに零れただろう、呆れたような溜息が追い討ちのように届いた。
「…君は、何の為にここに来ているんだ?」
「ごごご、ごめんなさいっ、ステルクさんっ!!」
 言葉が終わる前に被さる慌てた声音。少し高すぎる――ひっくり返ってすらいるかもしれない――のは驚いたからなのか、違う理由からなのか。飛び上がるように振り向いて頭を下げられてはステルクの口も開く気を無くす。
 曲がりなりにも自然破壊をしに来ているわけではないだろうに、きちんと護衛の費用を払ってまで出向いた森で空籠のまま採取物を壊してまわるロロナは日の暮れかかった今も何一つ手に入れられていなかった。茸を見つけては笠を千切り、蜂の巣を見つけては豪快に割る。ステルクが街で採取帰りの彼女を見かける時、籠一杯の荷物の重さに苦笑いしながらアトリエに向かっていた事を考えれば、これが常でない事くらいはわかるのだが…今日のこれはどうにも異常だ。
 そもそも、森に向かうから、と同行を頼まれて、門で落ち合った時から彼女の様子はおかしかった。共に来る筈だったフォイエルバッハ家の令嬢が所用で来られなくなった所まではいい。やけに目を逸らしながら事情を説明していたのが気にはなったが、問題はその後だ。一言で言うならば、まるっきり使い物にならない。戦闘では注意力散漫な上に、ただ歩いている時でさえ、何も無い場所で躓く始末。加えて、先に説明したアレだ。ステルクが溜息をつきたくなるのも道理というもので、自然、眉間に皺まで寄ってくる。
 当のロロナはといえば、そんなステルクの顔の恐ろしさに尚更、挙動の不審さを増しているわけだが、口に出さない裏の事情を真面目一辺倒の騎士が知る訳も無い。顔色を変えないステルクに、ロロナの肩は張るばかり。――――つまりは、それが全ての原因だ。ロロナはステルクが怖いのである。無論、彼が彼女に意地悪をしたなどと言うくだらない理由ではない。彼女が、彼を、一方的に恐れているのである。もっと具体的に言うならば、彼女はステルクの顔が怖いのだ。
 切れ長の目に凛々しく引き結ばれた唇。微風に撫でられる整えられた茶色の髪はロロナのそれよりも深く、同じ色の瞳が彼の落ち着いた雰囲気に良く似合う。浮ついた色など欠片も浮かんでいない、美丈夫と言って差し支えない面立ちは誇り高い騎士らしく、鋭く目を細めて魔物を見据えながら、剣を振るう長身には溜息すら洩れた。
 しかし、まだ十四の少女にはそれがとても――彼女の言葉借りるなら――おっかなかったのだ。
「うぅ…ごめん、なさい…あのっあのっ」
「意味を成さない謝罪は好ましくないと思うが」
 真顔で言えば、すぐさま項垂れる小さな頭。ステルクの目線からは彼女の項すら見えそうなくらい、彼等の身長差は大きい。
 四十センチとは、こんなに違うものだろうか。自分の背が特に高いとは思わないが、顔を合わせて話す時の彼女は首が痛くなりそうなくらい上を見て話をしているような気がする、と思う。
 年齢の所為だろうが、ロロナは歳のわりに矢鱈と小さく、細く見えた。か弱い印象よりも少し間抜けた印象の方が強い所為か、風が吹けば飛んで行くような弱々しさは無いが、それでもアトリエの維持の為に街の外へ探索に出られるような強さはどこにも無い。陽に透かせばちらちらと夕暮れの水面のように煌く薄茶色の髪を風に靡かせて大きな瞳に浮かべる表情をくるくる変える様は恐らく彼女と同年の者よりも幼く見えるに違いない。
 自分の、剣を握る為にある手とは違う、細く、小さな手が自分の場所を守る為に必死に必要なもの一つ一つを抱える姿は素直に好感が持てると思う。しかし、こちらが思うのとは反対に、自分は彼女に恐れられているらしい。それも、採取に集中出来ないくらいに。
 エスティからも言われた覚えがあるが、ロロナのこの態度は自分の顔が原因らしい事にステルクは少々、頭を抱えていた。そもそも、生まれ持った顔が怖いと言われてもどうしようもない。彼女には耐えてもらうしかない――この妥協すら心外だと思う――が、毎回、自然破壊のためだけに賃金を払ってもらうのもどうかと思うのも事実で。

「……はぁ……そんなに私が怖いのか…?」

 鳩ですらそんな反応はしないぞ。ぽつり。溜息と同じ音で零した筈の声音が、殊更、大きく森に響いた。――――あ、まずい。
 運が悪かったとしか言いようが無い。思いがけず不機嫌にすら聞こえたかもしれないそれに、しまった、と思った刹那、大きな目を丸くしたロロナと視線が合った。
 零れそうな青い瞳がゆらりと揺れ、そっと伏せられれば、気まずさが増した気がして、泣くのかとステルクは身構える。
 彼女が泣くのは師であるアストリッドに苛められた時か、そうでなければ騒動に巻き込まれた時くらいだが、これは明らかに余計な言葉を紡いでしまった自分の所為で、謝らなければならないのも自分の方だ。分ってはいるが、慣れない状況に気の利いた繕いの言葉が湧き水の如くに出てくるわけも無い。元々、繕いすらしない性分だ。ここで彼女がその湖面のような瞳から水を零したとして、自分がする事といえばきっと、泣くな、悪かった、と。そんな無愛想なものになってしまうのだろう。
 降りた沈黙を波立たせる森の葉音が遠くから近くなり、また遠くへ抜ける。重い空気まで連れ去ってくれればどれだけいいだろうと都合の良い事を考えながら、その浅はかな考えに彼は彼女の耳に届かないようにゆっくりと息を吐いた。
 俯いたままの彼女が漸く口を開いたのは、丁度、肺の空気が出切った頃だ。小さな小さな、それこそ、顔を上げていたなら、小鳥のような唇はほとんど動かずにふるふる震えているのが見えただろう、それくらい小さな、けれど、二人の距離を埋めるには十分な大きさの、静かな声。
「…ステルクさんが…嫌いな訳じゃないんです…ただ、ちょっと…おっかなくて…」
 杖を握る手に少し力が入っているように見えるのは彼女が緊張しているからだろうか。もう少し落ち着いて話せ、と言い掛けて、彼は口を噤んだ。――ここで彼女の言葉を遮れば、自分は怖い人のままだ。
 短い後ろ髪がふんわりと風に遊ばれる様を眺めながら、瞳を僅かに細める。柔らかく。
「街の外に出る時、一緒に来てくれるし…強いし…勿論、悪い人じゃないし…良い人だし…でも…その…」
「顔が怖い?」
「そう、顔が…って、えぇぇぇえええ!!ち、ち、違わないけど…でも、違いますっ!」
「……どっちなんだ、君は」
 呆れながら、言い淀んでいる所に助け舟を出したつもりのステルクには彼女のこの反応は少々、意外だった。彼女が言い終わるまで待とうと決めて、しかし、結局、口を挟んでしまった自分にも心中で驚いたが、それ以上に叫び声まで上げて否定したロロナの意図が分らない。
 怪訝な色に表情を変えてしまった彼の視線の恐ろしさ――やっぱり恐ろしいと思う――に耐えつつ、ロロナは負けじと――そもそもここで張り合う必要は無い訳だが――ステルクを見返した。
「か、か、顔が…というより…目が怖いのは本当ですけど…でもっ、えっと、う、上から見られるともっと怖いというか…」
 もごもご言い募るうち、彼女の顔はまた俯いていく。再び見えるのは、彼女の白い襟から覗く白い項。
 言ってから後悔したのか、意味の分らないうめき声を上げるロロナを余所に、珍しくぽかんと口を開けた彼は数拍置いて、彼女の意図する所に辿り着いた。――――上から。ああ、なるほど。
 四十センチ近くある自分達の身長差。それはどれ程大きな差だろうか。例えば、階段を三段上がって相手を見下ろす。視界は相当違うだろう。同じように三段下から上の相手を見上げる。きっと、意味も無く威圧感を覚えるかもしれない。今、この場で生まれている己の影ですら、彼女を暗く包んでしまっている。
 彼女にかかる自分の影を見ながら、ステルクは漸く、彼女の恐怖の欠片を知った。だが、分ったからと言ってどうするか。まさか、今更伸びた身長を縮めるなどという芸当が出来る筈も無い。生まれ持った顔を変える事よりも困難だ。出来る事といえば、せめて威圧感を与えないように影がかかる事を避ける事くらいだろうか。あとは、
「…慣れてもらうしかない、な」
「ですよね」
 ぐったり肩を落として苦笑いする彼女にこちらも微苦笑を浮かべる。彼女の方は、苦笑いというよりも気抜けた安堵に近いものだったが、それでも暗い表情よりは数倍良い。
 吐いた息は安堵のそれに似ていて、先程のような重々しさは欠片も無かった。抱え直した剣が微かに立てる音よりも遥かに重いと感じた筈なのに。
「さあ、夜になる前に街に戻った方がいいな。帰り道で拾って行けば少しは籠も重くなるだろう」
 言って、足元に落ちていたぷにぷに玉を空籠に一つ拾って入れてやれば、何も無い籠底でぽよんと弾んだそれを眺めて口を半開きにした彼女の、なんて間抜けな顔。思わず笑いそうになるのを堪えたが、やはり、緩んでしまった口元はどうしようもない。気付かれれば中々に厄介そうだ。
 逃げるように踵を返して、一歩目を踏み出した所でふと流れる影に目が留まり――――直後、どん、と背中に柔らかな衝撃。
「ふわぁっ!?……す、すてるくさん…いきなり止まらないでくらさい…」
 少々聞き辛い響きになっているのは彼女が鼻を打ったからだろう。ステルクには大した衝撃ではなかったが、小さな彼女には大きなものだったのかもしれない。その彼女にかかる影は今、半分。光の角度が変わった所為だ。橙の光に照らされて白い肌が淡く朱に染まっている。――これだ。大した違いではないかもしれないし、彼女の恐怖を根本から解決する事にはならないだろうが、やらないよりはましだろう。
 思い立ったがなんとやら。しきりに鼻をさすってひぃひぃ言うロロナの反対側に身を移したステルクは目に映る情景の変化に満足したように軽く頷いた。
「…中々、違うものだな。君はこちらを歩いてくれ」
「こちら、って…隣?何か違うんですか?」
 影の差さない西日の中。愛らしく小首を傾げる少女はまるで小鳥だ。ぱちくりと大きな蒼い泉の色を瞬かせて真っ直ぐに恐ろしいという相手を見上げてくる。それは強さであるかもしれないと彼は思う。まあ、確かに、少々抜けてはいるかもしれないけれど。
「慣れてもらうしかない、と言っただろう?こちらも一考してみようと思っただけだ」
 小鳥に猛獣相手のように怯えられるのは困るんだ、などと口したなら、彼女の友人が即座に機関銃を構えそうだ、と小首を傾げて考えに耽る少女の隣でステルクは密かに笑った。



「あっ、じゃあ、隣を歩くなら、手、繋ぎませんか?」
「は!?て、手?」
「早く慣れないといけませんし!……は、恥ずかしいけど…」
「……………モンスターが出たら対処出来ないだろう」
「あう…そう、ですね…」


初・ロロナSS!いつものように玉砕!!キャラ掴めねぇ!(ぇえ)
ステルク雇用できるようになったくらいの…交友値でいうなら一桁くらいの時期はこんなんだろう、と。というより、データを見て、ロロナとステルクの身長差が40センチちょっとというのに激しくときめきまして…。
ステルクはでかいので上から見下ろして話されたらロロナじゃなくても怖いだろうなぁ、と思うわけですよ。ちっさい子、絶対泣くぜ?(失礼!)とくに背が高い人の影がかかってくると更に怖いだろうし、余計に大きく見えると思うんですよね。ええ。ビビリだからだと思いますが(自虐)
ちなみに、このあと例の師匠にからかわれるイベントが発生します(笑)…というか、師匠はロロナ好きすぎな気も…いや、師匠×ロロナも大好きですが(オイ)

2009/09/16