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 時間は十分あった。

花盗人には程遠い

「十分、待ったと思うのだ」
 何を思ったか、突然、ステルクを御前に呼び立てた王は悩ましげにそう言った。窮屈だと日々、文句を垂れる豪奢な椅子に長い脚を組んで座りながら、その隣の空席を眺めている。
 手にした書簡をふらふらとさせる王にいつもの小言を言わなかったのは、何と無く良くない予感がしていたからかもしれない。思えば、その時、既に自分は王が何を言い出すのか感づいていたのだろう。
「私は十分待った」
 鋭い目を細めて王の手の内で弄ばれる書簡を見つめる視線に気づかない人ではないだろうに、王は何食わぬ顔で同じ言葉を辿る。
「色々考えるところがあったのも事実だが、君が動くなら、それもまた良いだろうと思っていたからな」
 剣を操る指がくるりと書簡を回せば、追う茶の双眸。
 蝋で然りと封をされ、紛う事なき王家の印を押された上質のそれは誰が見ても王命が記された公文書だと知れる。だが、王命と言いながら王自身が御自ら民に触れ出す文書を書く事はほとんど無い。大抵は大臣が代筆したものを触れ出すからだ。王も一枚一枚公文書を書いていられる程、暇人ではないのである。
 それが分かっている筈なのに、事ある毎に政務を放り出してどこぞへ行ってしまうのは如何なものか。ロロナが宮廷入りしてからは彼女のもとに避難している事も多い上、彼女自身、それを迷惑と思っていない節があるから始末に負えない。先日はついに王が宮廷錬金術師を連れ出して大騒ぎになった。全く迷惑な話である。
 癖になったため息を飲み込んで、ステルクは今一度、物憂げな王の手のひらで遊ばれる書簡に目をやった。
 簡素ながら、一目で王のものだと分かる書簡。王自ら手渡してくるという事は恐らく、直筆だ。内容は当然の事ながら、一騎士である自分には知る由も無い。しかし、己の勘が正しいならば、この城の誰もこの書簡の中身を知らないだろう。――嫌な、予感がする。
「…言っている意味を、分かりかねますが」
「そうして知らないふりをしていると損をするぞ、ステルク。いくら、鈍の朴念仁でも己の気持ちにくらい気づくだろう?私と競っていた事を忘れたとは言わせんぞ」
 悪戯な微笑を浮かべた王の目が隣の椅子を離れ、騎士を捉える。それでも知らぬふりを決め込む彼に、王は今度こそため息をついた。
「…まあ、今更、遅い事だがな。そろそろ本題に行こうか」
 気安い空気を掻き消し、弄んでいた書簡を差しだして受け取るよう促す仕草は逆らう事を許さない一国の主のそれだ。ぴりり。緊張が肌を刺す。
 形式通り受け取り、その手が離れる刹那。

「ロロライナ・フリクセルを正室として娶る」

 彼女にこの書簡を届けるように。続いた言葉はやけに遠く聞こえて。
「…な、んと…申されました、か?」
 目を見開き、絞り出した声音で問いかけるステルクの前で王はやはり笑った。
「ロロナを娶ると言った。彼女なら国の良い母になるだろう」
「しかし、彼女は…!!」
「ステルク」
 気色ばむステルクの言葉を、静かで、圧倒的な圧力を持った声音がねじ伏せる。
 滔々と語る王の目が再び見つめるのは、己が座する豪奢な椅子の、その隣。
「私は待った。王という立場で彼女を奪い、鳥かごに閉じ込める真似をしたくなかったからだ。お前が彼女を幸せに出来るなら、それも良いだろうと思っていたのもある。勿論、彼女がお前に靡くのを指をくわえて見ているのは性に合わんから、遠慮なく私からもアプローチさせて貰ったが…立場を利用して彼女を手に入れる事だけは避けたかった。何より、私は王だからな。この地位がどれだけ不便なのかを良く知っている」
 大空を飛ぶ小鳥のような彼女には、枷のついた檻の中の生活はどれだけ煌びやかだったとしても苦しかろう。目を細め、柔らかく見つめる先の椅子には彼女が座っている情景が描かれているのだろうか。優しく微笑み、頬を染め、そっと手を伸ばす、その姿が。身を包む衣は上等な布を重ねたドレスだろうか。胸元には煌めく首飾りを。髪には、その優しげな色に似合う髪飾りが揺れているのだろう。――――喜ぶべき事の筈が、絶望に似た何かを生んでいく。
 王は良く待った。それは事実だ。ステルクとて常に茶化して言う王がその双眸の奥に本気を色を宿しているのに気付かなかった訳ではない。同時に、こちらの想いを汲んでくれているのにも気付いていた。何度と無く競うようにロロナを連れ出して探索に出ていたのも、胸に抱く想い故だ。
 手しにした書簡が、やけに重い。
「……彼女は、これを知っているのですか?」
「君に言う必要があるか?」
 王の正室について、一介の騎士が口を挟む必要があるのか、と。段上から浴びせられる視線に握り締めた手が震えた。
 目を逸らしてしまった自分は、なんと情け無い男だろうか。
「…いえ。差し出がましい事を言いました。…この任、確かと承ります」
 言いながら、この場で書簡を床に叩きつけてそのままロロナの手を引いて王の手の届かない場所まで逃げてしまえたらどんなに良いだろう、と思う。思えど、それが出来るかといえば答は否だ。
 彼女の優しさに甘えて、王の抱く葛藤に無意識の余裕を感じていた自分の咎の結末がこのようなものだなんて。
 手が、震える。それでも、自分はこの死刑宣告のような書簡を確かに彼女に届けるのだろう。

 嗚呼、王の言う通り、全ては遅すぎたのだ。


思いつきで書いてみた救われない上に報われないステvsジオ→ロロ。
私だけが凄く楽しかった!(自分で言った!)しかし、張り合っている(?)スケさんとジオさんを見るとこれも有り得るんじゃないかと思ってしまったりする訳です。妄想ってスゲェ(…)
ロロナに手を出せずにいるステルクと、ロロナを地位で縛りたくないジオさんとか、イイんじゃないかと思う訳です。
こういう、探り合いのような会話を書くのが物凄く好きなので大変満足しております(お前だけ)
しかし、これがジオ×ロロ→←ステだととんでもない構図になりそうな…(ぇえええ)

2010/08/05